第百七十話 真打
ヤッピやリッピさんには家名はありません。
ヤッピが入ってくる、と思いきやさっき出ていったはずの四人が入って来た。
「王女殿下、さあ、四人とも終わりましたぞ」
「まあオレが一番優れているのは間違いないがな」
「マリナーズフォートはマリナーズ家のものです!」
「私には国王陛下からの任状がありますからそれも考慮していただけると」
口々に好き勝手な事を言う。
「あなた方の入室を許可した覚えはありませんが?」
「これ以上は時間の無駄でしょう。さっさと選んでしまってください」
ミリアムさんの言葉に反論をする奴ら。そこにはミリアムさんに対する敬意の念など無いように見える。いやまあ代官のギルはあるのだけど、国王陛下からの任状があるから大きな顔が出来てるんだろう。まあ所謂錦の御旗というやつだ。
「……あなた方の中だけから選ぶわけではありませんよ? 候補者はまだ居ます」
「はっ? 新しい貴族が来たのですか?」
「いえ、貴族ではありませんでした」
「ならば平民? 平民ごときにこの街を任せようというのですか?」
みんなが憤慨してギャーギャー騒ぐ。ギルは文官だから民衆側じゃないのかと思ったが、王宮で働くうちに身分が高くなったと思ったのか、それとも元々高い地位のやつなのか。
「どうぞ」
「失礼します」
決められた時間になったのでノック音がした。ミリアムさんが許可を出して中に入らせる。ドアを開けたのヤッピだ。目の前に貴族然とした奴らが立っていてヤッピを睨みつけたのだろう。少し怯んでいた。
「あなたね、平民ごときが」
「マリナーズ夫人、お黙りなさい」
ミリアムさんに言われて口を噤む。素直に噤んだなと思ったらそれ以上やると大逆で即時処刑されても文句は言えないんだとか。
「リッピ商会の一人娘、ヤッピでしたね。まずお聞きします。この街の問題点とはなんでしょうか?」
「他国からの誘拐事件の後始末が終わってないことです」
ヤッピの言葉に領主候補たちが硬直する。そう、船が出ていない理由はその辺の結論が出ていないからだ。そもそも、奴隷貿易していた商会の摘発すら終わっていない。
「でしたらその解決策は?」
「奴隷貿易をしていた商会に責任を取らせ、賠償金を払わせ、それをもって各国に使いを出すように国王陛下にお願いすることだと思います」
「あなたが領主になって一番にしたいことはなんですか?」
「奴隷貿易の根絶とマリナーズフォートが安全な場所だというアピールです。ケジメもきちんとつけなければなりません」
「分かりました! ありがとうございます」
ミリアムさんの笑顔はとても晴れやかなものであった。
「皆さんは船が動かせないのは許可がないからだ、という認識をしていますが、そもそもそれが間違いなのです。動かないから動かせばいい。そういう話ではありません。動かせないのは再発防止が出来ないからです」
例えば奴隷貿易をやってる商会が他にも乗り込んできたら? まだ国内に攫われてきた奴隷は居ないのか? 謝罪に行く国は何カ国くらいあるのか。恐らく膨大な量の仕事が待っているのだ。
「そ、それでもマリナーズフォートはマリナーズ家の街で……」
「マリナーズ夫人、夫人にはなぜ私がこれを取り仕切っているのか分かりますか?」
「そ、それは王女殿下がここにいらっしゃったから……」
「ただいるだけで介入するなど王族特権の濫用ではありませんか!」
あれ? 王族特権の濫用になるの? てっきり一番偉い身分の人がミリアムさんだからって話かと思ってた。
「では何故?」
「それは、前領主のドレイルが私の生命を狙ったからです」
「ひっ!?」
どうやらそこまでは知らなかったらしい。だからドレイルが殺されたことに対してもそれなりに憤慨はしていた。愛情とかではなく打算で。でも、王族に対する殺人未遂である。王国法に照らし合わせれば族滅。一族全てに累が及ぶのである。つまり、妻である夫人も……あ、尻もち着いてる。
「分かりましたか? マリナーズ家の皆さんを処刑する代わりにこの街の統治を決定する権利を父からいただきました」
最早夫人はまともに息も出来ない。もう一人青ざめた顔をしているやつがいる。クソガキだ。まああいつもマリナーズの遠縁とか言ってたもんな。下手に主張するととばっちりが飛んでくるかもしれない。
「そ、それならば、マリナーズ家とは何の繋がりもないワタクシならば大丈夫では?」
「私に任命権があるというのに、なぜお兄様が任命権を横取り出来るんですか?」
「あっ、そ、それは……」
「それに、あなたの商会でも奴隷貿易を取り扱っていたと報告が入ってますよ? 今のうちに賠償金の準備と奴隷の解放をしておきなさい」
これはリッピさんからの情報。アストロズ商会は奴隷の買い付けで時々マリナーズフォートに来ているのを見たことがあると。そもそもバレック商会とアストロズ商会はズブズブな関係なんだってさ。貴族の窓口になってたのがアストロズ商会なんだとか。
ザンスもへなへなとへたりこんだ。だが、ギルはまだだ。代官としての任状を持っているのだから。
「ギル、あなたには国王陛下から就任撤回の書状を預かっています」
「バカな!? ここから王都まで一週間で行き来出来るはずが」
ミリアムさんが書状をでかでかと見せつける。大きく押された玉璽が書状の正当性を示していた。ガックリと肩を落とすギル。
「さて。それでは続けましょう。領主の任を任命するにあたり、ヤッピ嬢を貴族として授爵します。国王陛下に代わり、私、ミリアム・アリージュ・グランドマインが執り行います」
ヤッピの叙爵にその場の皆が驚いた。正式な貴族はこの中ではザンスだけなのだ。私は貴族にされそうになったけど回避したしね!
「貴族になるに当たって家名が与えられます。本来ならば事前に決めておくべきでしたが、今回は既存の貴族からいただくことになっております。アスレチックス侯爵、こちらへ」
隣の部屋で待機していたアスレチックス侯爵が扉を開いて入って来た。