点呼(episode169)
おにぎりは鬼斬に通じて魔除け、おむすびは結ぶから縁結びの効果があるって言われてるらしい。あと、東日本と西日本の差って話もある。
一時間後。へんじがない。ただのしかばねのようだ。いや、屍みたいにぐったりして気絶したように眠りこけてるハヤト君が横たわっていた。呼吸はしているから「しっ、死んでるっ!?」とはならなかった。大変残念だ。あ、いや、死んでないのがじゃなくてセリフが言えなかったのがね。
「ハヤト君、起きなさい。今日はあなたが初めてお城に……行く日では無いけど、修行の時間になったわよ」
出来るだけ優しく声を掛けたら眠ったままガタガタと震え出した。そんなに寒いのだろうか? 別に氷魔法とかかけてないけどなあ。
「何をやっていらっしゃるのでしょうか?」
起きてこないハヤト君を迎えに来たのかガンマさんがいた。
「あの、ティアさん? 人の好みは十人十色と言いますが、その、千差万別ではありますし、他人の趣味趣向に異議を唱える様な真似はしませんが、その、出来れば本人の同意はきちんと取った方が良いと思いますよ?」
なんかガンマさんが真っ赤になってしどろもどろに言葉を繋いでいる。ええと、もしかして私が寝込みを襲っているとでも? 魔法で眠らせてイタズラをしようとしてたとでも? あ、いや、技術的には多分出来るんだけど。
「ガンマさん」
「ひゃい! あ、あの、私も参加しろって話ですか!?」
「あ、いえ、ハヤト君はグロッキーみたいなので修行出来そうにないのですけどどうします?」
「へっ?」
なんか言われた事が理解出来ないみたいな顔をしてキョトンとした後にさっきよりも一層真っ赤になった。
「あ、ああ、あああ、あああああああああああああああ! そ、そ、そう! そうですよね! 相手は四季咲の元御曹司ですもんね! そりゃあ体力なくても仕方ないですよね! ええ、そうですね。いいですとも! 私達も旅の疲れを落とす為にお風呂にでも入りましょう!」
ちなみにお風呂にお湯など入っていない。なんなら風呂場の掃除すら終わっていない。まあこれは仕方ないので私が風呂場とトイレの掃除をした。そして水魔法でお湯を入れる。適当な温度を水を入れて調整するのは日々の暮らしの中でやってる事だ。水道料金は基本料金しか払ってないよ! 解約しようかなあ?
お風呂はみんなで入った。もちろんハヤト君は除外。というかお風呂から上がっても起きて来なかったよ。仕方ないのでみんなでご飯を作って食べる。材料は現地調達……ではなく、四季咲の人が保存庫に補充してくれるらしい。
もちろん、料理も特訓科目の一つらしく、レトルト食品や冷凍食品、カップラーメンなんかは無い。カップラーメンはとても重宝するんだけどなあ。
「我々背鬼の一族だけでなく、四季咲で働くメイドや執事もここを利用します。確か鼎さんもここで修行してましたね」
「メイさんが?」
タケルのマンションに居た女性のメイド。ちょっぴりイタズラ好きの女性である。そうか、あの人も四季咲のメイドだもんな。戦闘力はないけど。ないよね? 伽藍堂に襲われて震えてたのは演技じゃないよね?
「鼎さんは戦闘とかはからっきしだったけど家事能力に秀でてたからハウスキーパーとしてはとても優秀な方だったわね」
あー、まあ。あのマンションがすごく綺麗に保たれてたからそれはよくわかる。
「ハヤト君、起きてきませんね」
「起きてるけど起き上がれないとか?」
「起きてるし起き上がれない訳でもないけど、特訓すると言っていた一時間後に間に合ってないことに気付いて何をされるかブルブル布団被って震えているのでは?」
「採用!」
好き勝手言っているが、実際に行ってみたらまだ寝息を立てていた。本当に疲れてしまったらしく起きやしねえ。
「夜中に起きてきてもいい様におにぎりを用意しておきましょう」
博美さんがそう言って余ったご飯でおにぎりを作ってくれた。おにぎりとおむすび、何が違うのか私には分からない。私らもそれぞれ部屋に戻って寝た。夜中に何かが動く気配があった。まあハヤト君がお腹すいたんだろうなって思って放置しておいたよ。夜這とかしてきやがったら半殺しにしてやろうと思ってたんだけど。あ、もちろん餅米の搗き具合とは関係ないよ?
翌朝、テーブルの上に置いてあった握り飯は無くなっていた。一緒に置いてあったお茶も飲まれていたからまあハヤト君が飲み食いしたんだろう。
だが、食べ終わったあとのお皿を片付けるどころか、水につけることすらしてなかったのはおしおきだべー。
「ふああ、よく寝た」
「ハヤト君、おはよう」
「あ、は、はい、おはようございます……」
妙に丁寧語だ。何かあったのか……あっ、昨日の「一時間後」に間に合わなかったのが「落ち度」だと思ってるのかも。まあ本人がサボると決めて出なかったのではなくて不可抗力で出なかったんだからしょんぼりしてるんだろうな。
「よく眠れましたか? そして、私がなんであなたを叱ろうと思ってるか分かりますか?」
「よく、眠れました。約束破ってごめんなさい」
そして彼は頭を下げた。ふむ、素直に非を認める事は出来るようになったのか。
「ああ、あれは出来もしない約束をした我々の落ち度です。ハヤト君の体力を見誤りました。申し訳ない」
「えっ!?」
ハヤト君にとっては約束を破った事になってるみたいだが、約束には同意が必要なのです。同意を得ない約束は約束ではなく自分勝手な命令なのですから。
「それとは別に怒っているのは、昨日晩に食べたおにぎりと飲んだお茶を片付けなかった事です」
「えっ? だってそういうのはメイドの仕事じゃあ?」
あー、四季咲のお坊ちゃんだからメイドがやると思ってたのね。まあそれなら初回は見逃しますか。
「ハヤト君、ここにメイドはいますか?」
「居ません」
「そうですね。なら自分でやらないといけないと思いませんか?」
「メイドを連れて来れば」
「今から一人で戻りますか?」
それきりハヤト君は黙ってしまった。まあここに辿り着くまででかなりグロッキーだったもんね。帰ったらもうここにはこれないよね。