第百六十八話 叙爵
男爵だけど男じゃないです()
この場合の「男」というのは土地の広さを表すらしく、男女とは関係ないです。
あと、「授爵」は「授ける側」、「叙爵」は「戴く側」なんだそうで。
「キュー」
ヤッピが私に話しかけてきた。その顔はものすごく不安そうだ。
「キューはどう思う? 私に出来るかなあ?」
「うーん、その辺はよく分からないけど、ヤッピなら他の奴らよりはマシだと思うよ。下手したら前みたいに子どもたちが売られちゃうようになるかもしれないから」
私の言葉にヤッピはハッとした。彼女には他の奴が「あなたならできるわ! 大丈夫よ!」みたいなセリフで押し付けるよりも、自分で決めた事をやらせる方が上手くいく。なんだかんだで責任感は強いし、あの誘拐事件の後からだろうけど、街や他の国から来た子どもたちに関しても守ってあげなきゃって庇護欲が芽生えてたと思うんだよね。……その中に私は入ってないよね?
「王女様」
「なんでしょうか?」
「私が領主でなくとも代官という立場でもいいのですか?」
「そうですね。出来たら領主として叙爵して欲しいのですが、無理は言いません。最悪、私が領主になります」
「ミリアム殿下、それは……」
ミリアムさんの決意表明にアレスタ侯爵がなんとも言えない顔をする。その選択肢はとって欲しくないのだろう。
王家の王女様がマリナーズフォートを統治する、というのは効率的に見えて実は大変まずい。それを許してしまうと国内の領地持ち貴族は自分の領地を取り上げられてしまうかもしれないと他国と通じる様になってしまうかもしれないからだ。
そうなると貴族派の勢力が加速する。王党派としてはそれは避けたい。つまり、別荘に来たミリアムさんが王党派に狙われる可能性が再浮上してくるということ。あの第一王子もその妃も割と根性ばば色だったからなあ。
でもそんな事はヤッピには関係ないんだよね。ヤッピには自分の意志で選んでもらわないと。
「叔父様」
「むっ? どうしたんだい、ヤッピ」
「私は貴族としての仕来りも領地の運営も出来ません。なので領主をするなら叔父様やらお父さんの助けが必要になります。お父さんは多分助けてくれると思いますが、叔父様はどうでしょうか?」
「何を言う! お前は大切な姉上の忘れ形見。リッピの奴の血が入っているのは忌々しいが、お前を助けないという選択肢はないのだ! なんなら我がアスレチックス領に連れ帰っても……」
興奮したアレスタさんの本音が転び出たのを聞いてリッピさんが悲鳴をあげる。
「ヤッピ!? お前、お前、私を捨てるのか? お前も私を置いて行ってしまうのか?」
「うるさい! 貴様がしっかりしていれば姉上もご存命だっただろうに。貴様というやつは!」
「ひええええええ!」
なんか見苦しく縋るリッピさんにムカついたのかアレスタさんがリッピさんの胸ぐらを掴んで持ち上げた。うむ、リッピさんそこそこ重いと思うんだけど。
「二人ともやめてください! 王女殿下の前ですよ! それに、喧嘩したら縁を切ります!」
ヤッピの宣言に二人とも情けない顔をして、二人で肩を組んでニコニコしていた。
「王女殿下、非才の身ではありますが、マリナーズフォートの為に全力を尽くさせていただきたく。叙爵の件もよろしくお願いします」
「そうですか。ありがとうございます。でしたらお父様に手紙を書きますね」
そう言ってミリアムさんが手を挙げるとそこにペンが挟まれた。ザラさんがいつの間にやら用意していたのだ。そしてサラサラと手紙を書き、封蝋をする。胸元のペンダントを封蝋に押し付けると、それを私に渡してきた。
「キューさん、申し訳ありませんが、この手紙を急いで父に届けてください」
私が? いやまあ私の護衛はこの街に着くまでだからお側を離れて王都に行くのはそこまで難しい事でもないけど。まあ確かに警備の人間に見咎められずに王様の部屋に行けるのはおそらく私だけだと思うんだが。
「分かりました。すぐ出発します」
私も同行するとか言う奴が居なくて良かった。そのうち、授爵でヤッピを連れて来ることもあるけど、先ずはお伺いを立てなくては。
ということで夜を通して転移して朝方には王都に辿り着いた。あーたーらしーい、あっさがきた。きーぼーおのあーさーだ。おはようございます(小声)
「ふう……誰だ?」
どうやら王様が私の気配に気付いた様だ。できる! いや、隠身とかは特にしてなかったんだけど。
「お久しぶりです、王様。冒険者のキューです」
「おお、天使様か。なぜこのようなところに? ミリアムは無事マリナーズフォートに着いたのか?」
「ミリアム様からお手紙を預かっております」
そう言うと私はアイテムボックスの中から手紙を取り出した。王様は封蝋を確認すると迷わず封を切る。
中の手紙を読んでいると三割増くらいに気持ち悪い笑いを浮べる。そして読んでいくうちに段々と顔が険しくなってくる。
「ふむ、状況はわかった。マリナーズフォートがそのような事になっていたのは知っていたが。代官を派遣すると言うので許可をした記憶はあるのだが」
どうやらあのギルとかいう役人はちゃんと王命で派遣されたらしい。捏造じゃないかと思ってたんだが。
「このヤッピとかいうものの授爵についても構わん。マリナーズフォートを救った立役者ということならば文句も出るまい。それにアスレチックス侯爵の姪御ということだしなあ」
「ありがとうございます。ミリアム様も喜びましょう」
「そうかな? ミリアムも喜んでくれるよなあ?」
なんか自信なさげにソワソワした王様。ついでなのでギルとかいう代官の就任撤回を王命で出してもらう。いやまあヤッピが領主になってギルに代官として動いてもらうというのも考えたんだけど、賄賂を平気で要求する様な人間は必ずやらかすし、そうなった時に傷付くのはヤッピだもんね。
私は手紙を受け取り、略式の男爵位の証明を渡して置くようにと申しつかって王都を離れてマリナーズフォートにとんぼ返りした。マリナーズフォートに辿り着いたのは日が沈む前だった。ふう、やれやれ何とか間に合ったか。明日は領主選定の面接だもんね。