炊事(episode168)
そりゃあまあティアの世界にはお米とかあまり一般的ではなかったので。なお、ティアは家で炊く時は無洗米を使って炊飯器でポンとやるだけです。凪沙が教えました。
山道をただ往くだけでもそれなりの修行にはなる。まあそれでも道はハイキングレベルのなだらかな道なのだけど。
ハヤト君は早々にへばっていた。まだそんなに歩いてないと思うんだけど。まあ私たちを基準にするのは間違ってる気もするんだよね。私はこっそり魔法を使ってるし。
「もうダメだ。動けねえ」
「分かりました。でしたらここで野宿ですね。屋根のあるところまで行けるかと思ったんですが」
博美さんが淡々と告げる。まあ私は別に野営でも構わないんだけど。そもそも冒険者になるために野宿の訓練はしてたし。
「じゃあ私は食料取ってきますね」
「あ、待ってください。この辺りにはクマが出るという話があるのでおひとりでは」
「あー、じゃあ今日はクマ鍋ですかね。それなら何度かやったことがありますよ」
私は心配いらないとばかりにそのまま茂みに入っていった。魔物の気配を探す、魔力探知はこの世界では役に立たない。というか魔物を警戒する必要もない。ということで食べ物を探す。
おっ、うさぎさん発見。狙いすまして狙撃! この世界で銃を見てから同じ事が出来ないかと研究した。金門で弾丸を作って火門で点火して飛ばす。木門で逸れない様に弾道を安定させる。なんでも筒の中にライフリングとかいうのがあるらしいが、それなら木門で回しながら発射させればいいということに落ち着いた。
という訳で獲れたのはうさぎが三羽に鳥が二羽。うさぎも一羽二羽と数えるんだってさ。耳が羽みたいだからかな? ご注文はうさぎですか?
みんなの所に食肉を持って帰るとみんなに呆れた顔をされた。いやだってクマとか居なかったんだもん。みんなが期待してくれてたのは分かるんだけど。
少し広くなっている場所にレジャーシートを敷いてその上に座る。ハヤト君も身体を頑張って動かしながらシートに辿り着いた。
食肉の血抜きは私が水流操作でやった。人体にもできないかなと思ったんだが、人体には魔力があるからそれが阻害するという学説があった。ちなみにこちらの世界では基本的に体内に鑑賞する魔法は効かない。治癒とかは大丈夫らしいけどね。
「出来ましたよ」
料理を担当してくれたのはガンマさんと博美さん。調味料なんて大してなかったはずなのに何故か美味しそうに仕上がっている。
「うわっ、美味しい」
私は思わず口から感想を転がり出してしまった。いや、褒めたくないわけでは無いんだけど。
ハヤト君は一心不乱に食べている。疲れ過ぎて食欲ないのかと思ったら食べ始めたら凄い勢いで食べ始めた。
「食べてもらわないと明日からに響きますから」
そう言って博美さんはにっこりと笑った。もしかしてこの人、七つの毒香水とか使ったりしない?
食べ終わるとハヤト君はウトウトし始め、そのままぱったりと眠ってしまった。
「あらら、本当に寝てしまいましたね。これは本格的にここで野宿しないと」
「ここで野宿するつもりじゃなかったの?」
「もうひと頑張りしてくれたら宿があったんですけどね」
私の問いに博美さんが答える。指差した先は少し向こうに見える山の中腹あたりである。流石に私たちだけならともかく、ハヤト君ではキツいだろう。
「ここで休んでもいいのかな?」
「安心してください。この辺の山は全て四季咲の領土ですから」
こういう場合って私有地っていうのでは?って思ったけど割とどうでもいい事だったのでそのまま寝た。そういえば寝てる間の見張りとか良いのかと尋ねたらガンマさんに
「魔物が襲ってくるわけでもなし、必要ありませんよ。このメンバーなら何かが近付いてきたらハヤト坊ちゃん以外はみんなわかるのでは?」
などと言われて尤もだと思った。まあそもそもそれだけ気配を消せる様な動物とかいる訳ないよね。
翌日。朝起きたら誰も起きてなかった。一番乗りかと思いながら朝ご飯の支度をしようと思い立つ。そう、朝ご飯と言えばご飯と味噌汁、そして焼き魚だ。
先ずはご飯を炊こう。昨日使っていた飯盒というやつを使えば私だって出来るはず。ええと確かお米を水に漬けて……あら? ボタンを押さないとご飯炊けなくない?
「おはようございます。あのティアさん何を?」
「あ、博美さん。おはようございます。その、朝食の準備をしようと思ったんですけど炊飯するボタンが無くて」
「ボタン? あ、ああ、そりゃあ飯盒ですからね。お米は研ぎました?」
「お米を? 磨ぐの? ええと、生憎砥石は持ち合わせがなくて」
場が沈黙に支配された。博美さんは私をお米の前から遠ざけて「あとは私がやりますから散歩でもしててください」と半ば追い出すように背中を押して来た。解せぬ。
朝ご飯を美味しくいただいて、私たちは訓練場への道を進み続けた。途中で時間がもったいないからと道無き道を進むをしていた。博美さんの手に持ってるナタの様なものは草木を軽々と切り払っていた。
やがて一軒の小屋が見えた。その周りからは木々とかは取り除かれてるのか最初から生えていないのかで広場のようになっていた。水は井戸がある。少し離れたところに川もあった。
「ここがあの女のハウスね」
「いや、あの女って誰ですか?」
どうやらジョキャニーヤさんや博美さん、そしてハヤト君は訳が分かってないみたいだ。ガンマさんは思わず吹き出したのを見てるからね!
小屋には鍵が掛かっておらず、小屋とはいうものの、広さ的には野比家よりも広いくらいであるため一軒家と言った方がいいかもしれない。
中には一階に食事をする為の場所と隅っこに作られたキッチンが一体化になった場所が広々ととってあった。上に上がる階段があり、二階にはベッドルームが五部屋ほどあった。
私、ジョキャニーヤさん、博美さん、ガンマさん、ハヤト君。どうやら全員分の部屋は確保できるみたいだ。
「それじゃあ一時間後に訓練を始めますから一時間経ったら降りてきてくださいね」
博美さんがハヤト君に声を掛けたが辿り着いた時点でグロッキーになってるハヤト君からは返事はなかった。