第百六十七話 妙案
たったひとつ(とは思わないけど)の冴えたやり方
マリナーズフォートの街に着いて門番を突破してそのまま入ろうとしたらアレスタさんに止められた。なんでも貴族が別の領主の町に入る時はきちんと挨拶をする為にも到着を報せないといけないんだそうで。ミリアムさん? ああ、ミリアムさんは別荘からそのまま来たことになってるので特には問題ないのだ。
それでいくとこの街、まだ領主決まってないし、一番偉いのはミリアムさんなんだから別に良くない?って思うんだけどしきたりというやつらしい。めんどくさい。
「アスレチックス侯爵様!? よ、ようこそマリナーズフォートへ! その、領主は不在ですが歓迎致します!」
「ふむ、なるほど。確か今はスターリング卿が取り仕切っているのであったな。よく鍛えられている」
「ありがとうございます! 早速スターリング隊長に報告を……」
今にも走り出そうとする門番をアレスタさんが留めた。
「いや、後ほどこちらから挨拶に伺う。今は候補者が多くて大変なのだろう?」
「はい。スターリング隊長もなんか頭を悩ませている次第でして」
「ならば構わんよ。私の用事もそれに関係することだからな」
そう言って笑った後に「さあ、案内してくれるか?」と言われた。どこに? リッピさんのところだよね。ヤッピも居るし。
転移でリッピさんのお家に行くとヤッピが出て来ていた。
「あれ? キューじゃない。何やってんの? それに王女殿下まで!? で、そのおじさんは誰?」
ヤッピはどうやらアレスタさんのことを知らないようだ。これはアレスタさんショックかなって思ってたら滂沱の涙を流していた。そんなに悲しかったの!?
「おお、おお、なんてことだ。姉上に生き写しではないか。お主がヤッピであるな?」
「あ、はい。そうです。あのあなたは貴族の方なのでしょうか?」
「貴族などと……他人行儀はやめてくれないか。私のことは叔父さんとでも呼んでくれ」
「ええ? 良いんですか? まあおじさんってよりはおじ様って方がピッタリなんだけど。よろしくお願いしますね、お、じさ、ま」
そう言ってウインクをかます。あー、これは完全な営業スマイルってやつですわ。被ってる猫が五匹ぐらい増殖してそう。
「ヤッピ、誰か来たのかい?」
「お父さん! あのね、王女殿下とキューが素敵なおじ様を連れて来てくださってね」
「そうなのですか。貴族の方かな? 何か娘に失礼などはなかったで、しょう……か…………」
「久しぶりだな、リッピ。姉上を拐かした犯罪者めっ!」
「ひいっ、アレスタ様! ど、ど、どうしてここに!?」
リッピさんの顔を見た途端にアレスタさんの全身から怒りのオーラが立ちのぼった。あ、これは死人が出るやつですわ。
「あれ? お父さん、この貴族様知り合いなの?」
「ヤッピ、お前のお母さんの弟だよ。つまり、叔父さんだ」
「ええー、お母さんの!?」
びっくりしてヤッピは口に手を当ててそれでも閉まらない口を軽く塞いでいた。
「そうだよ、叔父さんと呼んでくれと言っただろう? ああ、その驚く仕草も姉上そっくりだ」
ヤッピに接する時は先程の怒気はどこへやらと言わんばかりの穏やかで柔和な雰囲気になっていた。これぐらい使い分けないと貴族はやっていけないのかもしれない。
「さて、立ち話もなんですから室内で座って話しましょう。リッピ、場所を提供なさい」
「は、はい。少々お待ちください!」
そんな感じで室内の応接室へと通された。ヤッピがお茶を淹れてくれた。少しお茶が薄いけどまあ許容範囲だ。ちなみにアレスタさんは最初ヤッピがお茶を淹れに行くと言った時に、「火傷したらどうするんだ!」って止めようとしたけど断られて、運ばれてきたお茶を見て「これが姪の淹れたお茶……」と感慨深げに見て、飲んだ後に「味はともかく長靴いっぱい飲みたいぞ!」と褒めてんのか貶してんのか分からない発言をしていた。
「して、王女殿下、お話とは?」
「単刀直入に言いましょう。ヤッピさん、あなた、この街の領主になりませんか?」
リッピさんがキャスティングボードを握ってるのがミリアムさんだと思って話を振ったのだろう。ミリアムさんから爆弾発言が飛び出した。
「ええー! 私が領主ぅ!?」
そして素っ頓狂な声を上げるヤッピ。みんなも同じ様に声を上げるつもりだったけど、ヤッピの声にかき消された。
「王女殿下、説明していただけますか?」
「ええ。現在この街の領主の座を巡って様々な勢力が候補者を送り込んで来てます。その中でも私は代官として派遣されてきたギルさんを推そうと思っていたのですが……」
ダメなのか?って思った。あの中では一番マシでは? だってこういうのって一番マシな奴を選ぶもんじゃないの?
「良くも悪くも彼は文官役人です。汚職を何とも思わずに受け入れている時点でダメだと思います」
あー、冒険者ギルドの話はいわゆる賄賂を貰って便宜を図るって事だもんね。いや、それって王都の文官はそんなもんだって言ってるのと同じでは? ああ、そういえばミリアムさんは味方があまりいなかったよね。
「だからって私がそんな大役……」
「ええ、経験はないと思います。ですが、あなたにはお父様もそして叔父としてアレスタも居ますから」
つまり、領の運営はリッピさんに、貴族としての調整や後ろ盾はアレスタさんにやってもらおうとそういうことなのか。まあそれならヤッピが適職なのかもしれない。なんと言ってもヤッピは面倒見が良いからね。それにそれなりの魔法も使える。目指せ、嵐青の魔女は伊達じゃない。
「うむ、私が後ろ盾となれば並の貴族では相手にもならん。それに王女殿下もついていらっしゃるとなれば尚更だ。もちろん私は領に帰らねばならんのだが……そうだ、 領の経営は部下たちに任せれば」
なんか不穏なことを言い出した。それでいいのか侯爵様は? いや、まあ、姪と過ごす日々はプライスレスなんだろうな。あの様子からして「姉上」を相当に慕っていたみたいだし。……リッピさん殺されないかな?