第百六十六話 北嶺
ヤッピの叔父さん登場です。
ペペルさんを巻き込ん……道案内にアスレチックス領に向かう。アスレチックス領は牧歌的な雰囲気の酪農が盛んな地域。高原の冷涼な気候を利用して葉物野菜や薬草などを育成している。領都も割と涼しい場所にあり、避暑地として貴族の別荘が軒を連ねている。
避暑地ならミリアムさんも来たことあのでは? とか思ったのだが、王家は使わないようにしてたんだって。せっかくの避暑なのに偉い人がドンと構えてたら嫌だよね? まあだからこそマリナーズフォートに別荘があるんだろうけど。
あ、マリナーズフォートに別荘があるのは王家だけなんだってさ。他の貴族家の別荘を作らせてしまうと、別の大陸からの貴重な品を確保する競争になったりするからだって。王家は良いんだよ。むしろ一番に手に入れるべきでしょ。
「ここがあの女のハウスね」
「いえ、アスレチックス侯爵は独身の男性貴族ですよ?」
「ペペルさん、多分そういうことでは無いと思います」
領都の門番に領主への取り次ぎを頼む。まず私が冒険者証を、ペペルさんが商業ギルドの会員証を、そして、ミリアムさんが王家の紋章を見せた。
門番たちは私のを見て一瞥しただけに留め、ペペルさんのを見て少し目を見開き、ミリアムさんのを見て飛び上がってそのまま流れる様にひれ伏した。門番の一人が素晴らしい速さで領主の館に駆けていく。
私たちはそのまま街に入ろうとしたんだけど、門番の隊長さんらしき人にお願いだからここに居てくれと懇願された。まあ仕方ないよね。
四半刻しない内に馬に乗って先頭を走る身なりの立派な男性、そしてその後ろについてくる騎士達。門に着いた身なりの立派な男性は馬から降りてミリアムさんの前に跪いた。
「王女殿下! お久しゅうございます! アレスタ・アスレチックスで御座います。快復したと聞いておりましたが、お顔の色も良いようで喜ばしいことです」
「アレスタ、久しぶりですね。兄上たちについても誰も文句は言わなかったでしょうに。王家に尽くしてくださり、ありがとうございます」
「勿体ないお言葉。このアレスタ、殿下の母君には良くしていただいておりましたから」
どうやら割と忠義の士らしい。まあここまで来て何を言うのかなんて分からないんだけど。
「して、殿下はどうしてこの様な田舎に?」
「マリナーズフォートにてあなたの姪らしき人物を発見しました」
「!? そ、それはまことですか?」
「ええ、顔がソニアさんに似ていましたので」
「おお、おお、ついに、ついに姉上の忘れ形見が……」
ほほう、という事はヤッピの母親がこの人の姉って事? まあなんというか整った顔立ちだとは思ったんだけど、大商会の娘だったからじゃなくて貴族の血筋だったからなのね。
「それでマリナーズフォートの事なのですが、前領主が色々ありまして頓死しましたので、新しい領主を決めねばなりません」
「ほほう? たしかあそこは代替わりしてドレイル殿が跡を継いだと聞いていたのだが」
「まあそこは色々、ですね。それで新しい領主を決めるに当たって、あなたのお力を貸していただきたく」
「ふむ? まあ私としても姪のいる街ですから出来る限りの協力はさせていただきたいのですが、具体的には何を?」
訝しげな顔をするアレスタさん。まあここはマリナーズフォートからかなり離れてるからなあ。私だからすぐ来れたけどね。
「ヤッピさんを次期領主として迎えたいと思いますので、その後ろ盾をお願いします!」
なんですとぉ!? ぶっちゃけびっくりした。いや、予想が出来てなかった訳ではないんだけど、てっきりこの領の次男坊とか三男坊とか燻ってるやつを連れて行くのかと思ってたんだよ。なのにそういうのは無いらしい。いやまあアレスタさんが妻に先立たれてそれからずっと独身ってのは後から知ったんだけど。
「むむむ、私としてはヤッピとやらを養女として迎えたいと思っていたのだが。あのクソ商人はまだ生きているのですな」
どうやらリッピさんはかなり恨まれているよう。いやまあこのアレスタさんがシスコンだった疑惑が持ち上がってるからね。
「私としてもヤッピさんを巻き込みたくはなかったのですが……新しく領主になろうという方々が揃いも揃ってダメそうなのばかりで」
「ふむ、確かに。マリナーズフォートだけでなく近くの村も山賊に襲われて壊滅したそうですからな。物騒過ぎて新たな成り手はいなかったでしょうな」
……あー、もしかして私のせいですか? 私、悪くないもん! ああ、そんなジト目で見ないで!
「アスレチックス侯爵が助力してくれるなら誰も文句は言わないと思います」
「そう言ってくださるのはありがたいのですが……ここからではその選定とやらに間に合わないのでは?」
「そこは心配いりません。キューさんがついていますから!」
そう言って話をこっちに振られた。いや、振ってくれても困るんだけど。
「あー、ご紹介に与りましたキューといいます。冒険者です。どうぞよろしく」
「なるほど。どういう原理かは分かりませんがその者の魔法でここまで来られたのですね?」
正確には魔法ではないんだけど、そういう風にしておいた方が都合がいいもんね。
「分かりました。姪とも逢いたいと思っていましたし、マリナーズフォートまでご一緒致しましょう。して、殿下の馬車はどちらに?」
私はすっくと立ち上がってつかつかとアレスタさんのところに行く。
「ええと、どうも。キューです」
「うむ、それはいいのだがなぜ出てきたのだ?」
「それはですね、こうする為ですよ!」
そう言ってアレスタさんとミリアムさんを連れて転移した。あっ、ペペルさん忘れてた。まあ後で取りにくればいいよね。しばらく待っててね!
「一体何を……こっ、ここは!?」
「街から離れた街道ですね。このまま行きますよ」
「なんだと? 待て、話がわからん……うわぁ!?」
喋ってたら舌を噛むかもしれないからね。気にせず跳んで行きました。転移する度に距離が伸びてる様な気もするからきっと来た時よりも早く着くよ!