第十七話 脱獄
転移ってやっぱりチートだよね。
いきなりの蹴り技、私じゃなきゃ見逃しちゃうね。いや、研究員からいつも蹴られてたから蹴りが来るのは慣れてるし、蹴られた後にどうしたらダメージが少なくなるかも分かる。身体が覚えている。いや、良く考えなくても別に食らう必要ないじゃん!
私は咄嗟に転移を発動させて執事の後ろに回り込んだ。いや、回り込んだからって何が出来る訳でもない。首でも絞めたらいいのかもしれないけど、私の筋力はそこまでない。だって運動とかろくにしてないんだもん。
「貴様、ちょこまかと!」
執事が後ろに出た私に気付いてまた掴みかかってくる。今度は猶予があるから見える。よし、ここは障壁にしよう。私は障壁を角っこが当たるように展開した。飛びかかってきた執事が顔面に角をめり込ませて顔面を抑える。
「そういえばめぼしいのはあらかた持っていったと思うんだけど」
そう思いながらのたうち回る執事を尻目に書類に目を通した。いや、通すんじゃなかった。
そこに書かれていたのは「実験記録」だ。その内容は魔物に子どもの意識を合成することで魔物を指揮下に置けるようにするというもの。その実験が成功か失敗か、そして、魔物や子どもたちが「消費」されて「仕入」たいという話や、いっそ「飼育」したらどうかという提案。
狂ってる。目的が国家転覆とか隣接領侵略とか領主弑逆とかそんなのはどうでもいい。犠牲になった人たちがいる。それを見てるとかつての自分たちを思い出すのだ。そう、あの鱗胴研究所での悪夢を。
「お前」
「な、なんた?」
「ここに書かれているのは本当か?」
「見たな! 生かしてはおけん! 火門 焦熱炎舞」
炎が宙空に現れて、踊るように私に掴みかかる。これが攻撃魔法というやつだろう。初めて見た。
炎を障壁で防げるかはやってみないと分からないが、私は防げないだろうと思っている。なぜなら、この障壁は念動の発展系だからだ。そして私の念動は炎には通じない。
「焼き切れろ!」
執事が勝ち誇った様な顔を向けてくる。とてもムカつく顔だ。何とかしてあの顔を歪めたい。転移で避ける?
「危ない!」
その時、部屋の外からでかい氷の塊が飛んできて踊る炎に突き刺さった。
「エレノアさん!」
「なっ、氷の魔女!」
「あら、その呼び方で呼ばれるのは嫌いなのよね。頭を冷やしなさい。火門 〈氷獄地獄〉」
執事の周りの温度が急激に下がり、執事は手足が麻痺して動けない。そこに空気中の水分が冷やされて固まる。それは一瞬で執事を分厚い氷に閉じ込めた。
「キューちゃん!」
エレノアさんが走って来て私を抱きしめる。あの、さっきまで下にいませんでした?
「下はギルマスが居るもの。それにキューちゃんの姿が消えたからもしかしたらと思ってね。で、こいつは?」
「あの、金庫の中からこれを」
私は書類をエレノアさんに渡した。エレノアさんはさっとそれを読んでいたが読み進めていくなり周りの温度が下がっていく様な気がした。
「さ、寒い」
「あら、ごめんなさい。ついつい漏れちゃったのね。うふふ。これは何とかしないとねえ」
こういうのをアルカイックスマイルとでも言うのだろうか。口元はニヤケているが目が笑ってない。とても怖い。
「さて、それじゃあキューちゃんには下へと案内してもらわないとね」
そう言われて私は連行された。どうしてなのかと思ったら発狂した代官は協力する姿勢を見せないのだそうだ。仕方ない。私は本棚の後ろに転移して壁を色々触る。すると何か突起してる部分があったので押し込んだ。本棚がズズズと音を立てて動いていく。
「なるほど。こうなっていたか」
公爵様は感心したように仰る。私は他の人と共に階段を降りた。途中灯りがないと暗いので小さな火をうかべる。それを見てエレノアさんが〈灯火〉の呪文を唱え、私よりも明るい炎が出現した。魔法って便利だよね。
地下に着いたら先ずは牢屋の中にいる女の子たち。エレノアさんは見た事ある子も居るようでどうしようかと迷っていた。簡単だ。私が一人ずつ転移すれば済む話なのだ。
私はまず一人目の檻の中に転移する。私の転移に女の子は驚いていた。その驚いているままに私は女の子を抱えてというか手を繋いで再度転移。これで檻の外に出した。
「つくづくあなたって規格外ね」
褒められてるんだか貶されてるんだか分からないけど女の子が助かったんだからいいよね。そうやって次々と助け出して最後は分厚い扉に来た。私は中に転移する。
「また来たのかよ」
リーダー格の男の子だ。私に対する憎しみの目は変わってない。
「だから冒険者ギルドから来たんだけど」
「言ってろよ。オレたちをここに連れてきたの冒険者じゃねえか」
それは初耳だ。もしかしたらそういうのに手を染めた冒険者がいるのか。まあ良く考えたら副ギルド長のラルフさんが協力してるんだからそれくらいは可能性としてはあるのか。
「ええと、ここから連れ出しに来たんだけど」
「信用出来ねえ」
「信用かあ。とりあえず外に出よう。外に助けが来てるから」
「どうやってこの分厚い扉を開けるんだよ! ってよく考えたらお前もどうやってここに来たんだ?」
今更そこなの?と思わなくもないが思考力が弱ってるんだろう。というかこの男の子の頭の中はみんなを守りたいという気持ちでたくさんなんだろうな。
「えい、転移」
私は男の子の手を握ってそのまま転移する。
「いきなり何しやがる!ってここは?」
「ユーク!」
「姉ちゃん!? 姉ちゃん!」
男の子の名前はユーク君と言うらしい。お姉ちゃんに逢えて良かったね。私は再び中に入り、次の男の子に歩み寄る。外からユーク君が大丈夫だ!って言ってくれて助かったよ。
なんだかんだで全員を救出出来た。この後に冒険者ギルドまで連れて帰って食事や医療行為なんかをするらしい。やれやれ、これで一件落着かな。