第百六十二話 好色
領主候補クソガキ編
さて、街の中で見かけた候補者たちの動向なんだけど。まずはクソガキ。トーヤだ。滞在先は領主館ってことで出てこないのかと思ったらちゃんと出歩いているみたい。
何をしているのかというと、市場で物売りしてる女の子(割と美人)に声を掛けていた。いや、市場調査に美人を選んだんならまだ許容範囲だろう。
「おい、お前。なかなか美人だな。オレの妾似してやるからこの店畳む準備しとけよ!」
「えっ? あの、困ります。私、病気の母を養わないといけなくて」
「うるせえな。ならその母親がくたばればお前も心残りはねえよなぁ?」
「そ、そんな。お、お許しください。この通りです!」
「ふん、まあいい。身支度を整える時間はやる。逃げても無駄だぞ? オレはこの街の領主になる男だ!」
いや、お前に決まった訳じゃねえぞ? 隣にいるザラさんはなにか言いたげな表情をしていたが、晩御飯の食材の選定にもどった。これはミリアムさんから「何を見ても介入せずに黙っていなさい」と厳命されてるからだ。
まあ私はそんなの関係なく動きたくなれば動くけど。でもまあ動いてミリアムさんに迷惑かけてもなあ、と思ったのでクソガキが去ってから動いた。
「大丈夫ですか?」
「ううっ、母さん……」
「あなた、家は?」
「どなた? あのお貴族様の手先?」
「違うわ。私の主は別にいる」
そう言ってザラさんの方を向く。ザラさんはこちらに歩いて来た。
「私はさるやんごとなき方の侍女です。ご安心を。で、キューさん? この子をどうするので?」
「うーん、まあ母親の病気だけでも何とか出来ないかなって」
「えっ!? なんとか、できる、の?」
私の言葉に女性は驚いた。まあ出来るか出来ないかで言えば多分出来る。病気にもよるけど。栄養不足なら摂取すればいいし。とりあえず鑑定と治癒の出番かな。
連れてこられたのは街の田園地区にある農家。割と立派な家だ。なんでも父親が存命の頃は人も雇っているくらいの大地主だったそうな。
「ただいま、母さん」
「おかえり。おや、お客様かい?」
「あ、はい。ぼ……あ、いえ、キューと申します」
「私はザラと申します。さるやんごとなき方に仕えております」
「まあこんな狭いところにようこそ。お構いもできませんで。この通りの身体でして」
お母さんは割と細身の儚げな感じのサイドテールの髪型の女性だ。すごく、いやな、予感しかしない。
「あの、ご病気ということですが、どのような?」
「すみません。お医者様にも分からないと言われておりまして」
「そうですか。ちょっと失礼しますね」
私は彼女に触れて鑑定を発動させる。頭の中に情報が入って来る。
【病状:肺気胸】
あ、これ、肺に穴が空いてるやつです。
「胸が突然痛くなったり、咳が出たり、息が苦しくなったりします?」
「はい、どれもあります。どうしてわかるんですか?」
「あ、いえ、診察しましたから」
適当に誤魔化す。さて、それじゃあ次は透視だ。体内をちょっと見せてもらいます。あ、上着脱いで裸になって。大丈夫。ここには女しかいませんから。
ええと、おっぱいそこそこ大きいですね。あ、いや、揉みたいとかじゃなくて、見えにくいから背中向いてもらえます? はい、はい、あー、左の肺ですね。こりゃあ頑張ればなんとかなるかな?
私は背中に手を当てて治癒を発動する。これは透視しながらでなくてもいいので全力でやる。ミリアムさんの時にやった体内治癒の応用だね。
これが体内腫瘍とかなら透視と治癒の他に念動までやらなきゃいけないところだった。もちろん、出来るとは言ってない。
しばらく治癒を続けていると手応えがなくなった。これはミリアムさんの「呪い」を消した時にも感じたやつだ。念の為に透視で体内を診る。うん、ちゃんと塞がってる。
「これで大丈夫だと思います」
「本当に? あ、苦しく、なくなった?」
「お母さん!」
美人な娘さんがお母さんに抱き着いた。まあこれで病気のお母さんは居なくなったわけだ。あ、いや別にだからあのクソガキのところに行けって訳じゃあない。なんなら逃げるのに丈夫な身体は必要だからね。
「あのクソガキが領主になる事はないかもだけど、もし万が一なったら逃げれる様にしといたからね」
「なんで、ここまでしてくれるんですか?」
「うーん、ご主人様がそういうの好きだからかな?」
まあ私の主人は私なんだけど、何となくミリアムさんの顔を思い浮かべた。研究所には余りいなかったよね、ああいう人。
「ありがとうございます! ありがとうございます! このご恩は一生かけてでもお返ししますから!」
「いやいや、そんなのはいいから。お母さんと仲良くね」
「はいっ!」
お礼、ということで畑のお野菜を分けてもらった。形が崩れていて売り物にならないのだという。せっかくなので多めに買い取らせてもらった。私にはアイテムボックスがあるからいくら買っても困らないしね。それに私の料理練習の素材になるんだもん。
「キュー様、ミリアム様の事を思ってあんな風に助けてくださったんですね?」
「あー、いや、私の主人は私だから私がしたい様にしただけだよ」
「ふふふ、そういうことにしておきましょう」
ザラさんが楽しそうに笑った。まあ冒険者だからね、私。個人主義の冒険者でもああいう事する奴がいたっていいよね?
次の日も街に行く。クソガキは居なかったがザンスは居た。何をしているのかと思ったら商館周りをしてるみたいだ。でも芳しくないようでぷりぷり怒りながら出てくる。
「クソ、どいつもこいつも。商業ギルドに行くぞ!」
そう言って馬車に乗り込んだので私はこっそりついて行く事にした。あ、今日はザラさんは居ませんよ?
商業ギルドの前に馬車が停り、ザンスが意気揚々と中に入っていく。私もこっそり後をつける。ギルドの中は忙しそうにみんな動いていて受付には長い行列が出来ていた。