薔薇(episode161)
おじいちゃん、来るの早いって? そりゃあまあ、ねえ(見なかった振り)
「だけど私は抵抗するよ? 拳でね?」
私はそんなことを言いながら手のひらから風を出して抑えつけてるやつを吹っ飛ばした。
「……は?」
ハヤトがぽかんとした顔をして私を見る。あーあ。流石に顔に畳の跡がつくほどには抑えられてないけど、結構痛かったな。
「ティア?」
「ジョキャニーヤさんも抵抗したら?」
「いいの?」
「もうすぐ形勢逆転するから」
「わかった!」
私がジョキャニーヤさんとアラービア語で会話した後にジョキャニーヤさんが周りの男たちを吹っ飛ばした。あの体勢からどうやってって思ったら関節外れてる。もしかしてそれを人形遣いで操った?
「この位の肉体操作は朝飯前。……お腹空いてきた」
外した関節を填めながらお腹を鳴らすジョキャニーヤさん。うん、まあ、終わったらなんか食べに行こうか。
「おおお、お前ら! いいのか? お前らが暴れたらプランシャール家もパラソルグループも大変なことになるんだぞ?」
「そこまでですよ、ハヤト君」
そこで諾子さんがやっとのことで口を出した。
「四季咲の後継者争いについては口を出さないようにしてましたが、法国の名門、プランシャール家や、米連邦のパラソルグループを的に回すなどという判断をする人物を四季咲の次代に据える訳にはいかないでしょう? もっと堪え性のある人物になるかと思ったら。ヤマトもヤマトです、あなたの子育てがこんなにポンコツだとは思いませんでした。それはもしかしたら伴侶の政子さんにも責任はあるかと思いますが、甘やかしてなんでも思い通りになると感じさせるのは躾ではなくて虐待だわ」
「お姉様、そこまで言わなくても」
「いいえ、言わせてもらいます。あなたに実力がないから跡目から降りる、と言っていた時は良かったのです。問題は結婚してから。そこの政子さんに何を吹き込まれたのか知りませんが四季咲の跡目というのはそこまで軽いものではありません。小さい頃からの帝王学の取得が基礎になるのです。ヤマト、あなたはそれをハヤト君に施したのですか? 出来てないでしょう? あなたは途中で逃げ出しましたものね。それでも傘下銀行の頭取くらいの地位はこなせると思っていたのですが。思ったよりも器が小さくなってて私はガッカリでしたよ」
諾子さんかマシンガンの様に言葉を紡ぐ。あー、とまらーなーいー。このひーとー。
「別に八家以外から嫁を迎える、というのは構わないと思います。八家じゃなくても傑物というのはいるものですから。それにあなたは後継者争いから脱落した身。誰を選んでも殆ど関係なかったもの。でも私が居なくなって後継者の席がぽっかりと空いたところにあなたの息子を就かせようと考えるとは思ってもなかったわ。だいたい、あなたは氏族会議にすら出てこなかったじゃない」
氏族会議というのは四季咲傘下の各金融機関のトップである一族の者が集まって今後の四季咲を動かしていくという会議のことだという。ジジイが倒れていた時期はこの氏族会議で物事を動かしていたんだとか。ちなみに諾子さんはオブザーバーとして時々参加させられていたらしい。それ、単にジジイが娘に会いたかっただけでは?
「黙って聞いていれば、四季咲を出ていって古森沢の傍流に堕ちていったくせに! 私に、なんの、文句が、あるっていうの!」
バンバンとテーブルを叩きながら政子、おばはんが絶叫する。黒服たちは困ったような顔を浮かべていた。
「何をやっているの! こっちの方が人数多いんだからさっさと抑えつけなさい!」
「薔薇連隊、第一から第三、突入して黒服を確保」
諾子さんが指示を出すとどこからともなく武装した男たちが現れて、黒服たちを拘束していった。あっという間の出来事だ。
「諾子さん、良いんですか?」
「だってこのまま暴れたらティアちゃんはともかく、そっちのジョキャニーヤちゃんは誰か殺すまで止まらないでしょう?」
ジョキャニーヤさんの方を見るとそっぽを向いている。八洲語の意味はわかってないかもだが、ニュアンスは伝わったのかもしれない。
「くそ、その薔薇連隊はオレのものになるはずだったもんだ。返せ!」
「私の薔薇を誰にも預けたりするわけないでしょう?」
薔薇は気高く咲いて美しく散る。本来なら古森沢に嫁いだ時点で薔薇連隊は解散になるはずだったらしいのだが、諾子さんと離れがたかった面々が古森沢の諾子さんを守りたいと申し出てジジイが許可したんだと。本当に過保護なジジイだ。
「くそ、古森沢ごときが元四季咲とはいえ、四季咲に楯突いてんじゃねえぞ! クソ、こうなりゃ古森沢の預金封鎖からだ!」
「そこまでにしてもらえますか、ハヤト様」
ストンと天井から降りてきたのは背鬼の博美さんだ。明るいところで見ると広めのおでこがテカテカ光っててチャーミングだ。
「なっ、今度はなんだよ! どこの忍びだ?」
「背鬼一族。そう言えばわかりますか?」
「背鬼? おお、四季咲の忍びじゃねえか。ちょうどいい。命令だ。こいつらぶっ殺せ!」
「嫌でございます」
「なんだと? 次期四季咲のトップになるこのオレの言うことが聞けないのか?!」
激しく唾を飛ばすハヤト。そこに地の底から響くような声が聞こえてきた。
「ワシはお主を後継に据えた覚えは無いんじゃがなあ」
そこに居たのは神輿の様なものに乗っているジジイだった。担いでんのが背鬼一族ってやつか? というか歩いて出て来いよ。まあ威厳とか気にした結果なのかもしれないけど。
「莞児おじさん」
「あ、ジジイ!」
「総帥」
ヤマト一家はそれぞれの呼び方でジジイを呼ぶが、どれにも反応しない。彼らは何が起こったのか理解できないという顔をしている。
「あら、お父様」
「おお、諾子。怖かったじゃろう?」
「いいえ、ちっとも。薔薇連隊とこの二人も居ましたもの」
そう言って私たちを手で示す。ジョキャニーヤさんは若干戦闘態勢に入ろうとしたが、諾子さんのお父さんで諾子さんに弱いおじいちゃんって説明したら大人しくしてくれた。