裸王(episode159)
血液浄化ポーションの借りです。
「お姉様、プランシャール家のクロエ様とパラソルのメアリー嬢はわかるのですが……他の方たちはどなたですか?」
そんな事を聞いてきたのは眼鏡の男性。お姉様とか言ってたから従弟の人なんだろう。お姉様って呼ばれてんのか、諾子さん。
メンツ的には私とクロエさんとメアリー嬢、後は執事の皆さんとジョキャニーヤさんだ。この場合、執事の皆さんはカウントされないそうなので、主に私とジョキャニーヤさんのことを言ってるのだろう。
「初めまして、ティア・古森沢と言います。クロエさんのボディガード、みたいなものでして」
「ジョキャニーヤ。メアリー様のボディガード」
ジョキャニーヤさんも八洲語で名乗りを挙げる。練習したフレーズのひとつだ。まあ後は「ころさないようにする」っていうのなんだけど。
「ボディガード風情か。ふん、まあいい。本来なら四季咲にボディガードを連れてくること自体不敬というものだが、諾子おばさんに免じて許してやるよ」
生意気そうなお子ちゃまが不機嫌そうにこっちを睨みつける。ジョキャニーヤさん、ステイ! メアリー嬢に危害が及ばない限りはドンタッチヒムですよ!
「では、どうぞお座りください。今軽食を用意させます」
畳の部屋で座布団に座ることを強要してきた。いやまあ正座は練習してきたんだけど。あ、ボディガードにカウントされてるから座らなくていい? ラッキー。
メアリー嬢もクロエさんもきっちりした姿勢で正座していた。こういうのは八洲礼法みたいな感じでカリキュラムに採り入れられているんだとか。姿勢は良くなるんだけど血流は悪くなるからね、あれ。
一方のクソガキ……ハヤトはあぐらをかいている。いや、お前は正座しないんかーい。まあその父親らしき人と母親らしき人、どっちも自己紹介しないからそうなのかは分からないけど。その二人はきちんと正座している。でもハヤトのあぐらには何も言わない。
「それでお話というのは?」
「はい、単刀直入に言いますが、ハヤトさんとの婚約を解消したいと」
「なんだと!?」
クロエさんが婚約の解消を口に出すとハヤトが激昂した。なんなんだお前は。
「もう一度言ってみろ!」
「ええ、婚約を解消させていただきたいと」
「てめぇ、四季咲ナメてンのか?」
物凄い表情で睨みつけてくるハヤト。クロエさんはなんか少し怖がってる感じ? これは止めないとなあ。
「まあまあ落ち着いてください。ちゃんと理由も説明しますから。ね、クロエ様」
「は、はい。そうなのです。私はプランシャール家を継ぐ身ですので、八洲に輿入れする形での婚約を受け入れる訳にはいかないのです。決して四季咲に不満があるとかそういう話ではないのです」
たどたどしくも言葉を紡ぐクロエさん。しかし、ハヤトはそれに一向に納得した様子を見せない。
「おい、一国を相手取れる四季咲と法国ごときの田舎貴族の跡目とどっちが大切だって言うんだ?」
おいおーい、さすがにそれは言い過ぎでないのか? 相手は貴族様だぞ? 伯爵家だぞ? って思ったけど執事もクロエさんも苦い顔をしている。あれ? もしかして、これ、四季咲の方がパワーバランス強い?
「さすがにそれは言い過ぎではありませんか?」
見かねてメアリー嬢が口を挟む。だが、それでもハヤトは口を噤まない。
「パラソルグループ風情がオレに意見するってのか? だいたいお前がオレとの婚約を断らなかったらこんな事にはならなかったんだよ!」
「ひうっ!?」
怒りの矛先がメアリー嬢に行きかけたところで父親らしき人が口を挟んだ。
「ハヤト、今のは鷹月歌の次期当主候補の裕也氏に対する宣戦布告になりうる。撤回しなさい」
「オヤジ!? いや、だって、鷹月歌にも負けてはならないといつも」
「現実を見ろ。お前が四季咲の跡目に決まったあとならいくらでも構わん」
「ちっ、悪かったな、メアリー嬢」
危なかった。具体的に言えばあの家族の命が危なかった。ジョキャニーヤさんが飛び出そうとしているのがわかったからね。いや、私も心情的には止めたくはなかったんだけど。さすがに問題になるかなあって。
「それで婚約の解消だっけ? 認めるわけねえだろ? なんならお前が今帰れない様に拉致して調教してやってもいいんだぜ?」
「まあ、さすがハヤトちゃん。それはいい考えね。ついでにメアリー嬢も攫ってしまっては?」
「馬鹿な事を言うな! しかし、プランシャールのお嬢さん。そちらの家を継ぐという気持ちはわからなくもないが、これは両方にメリットがあっての事。なんでしたら二人の子どもに継がせるという手もある。ああ、もちろん四季咲の跡取りが誕生した後の話になりますが」
メガネのオッサンがメガネをクイッとしながら言う。二人を叱ったことから強硬策は取らないと思うんだが、それよりもクロエさんが逃げられないようにしているみたいで気に食わない。
諾子さんを頼りたいところだが、四季咲の跡目話だから沈黙を貫いている。うーん、これはどうするべきか? あっ、そういえば私、あのジジイに貸しが一つあったよね?
「ちょっとお花を摘みに」
「なんだよ、うんこか?」
ハヤトの揶揄う様なセリフが耳に飛び込んでくる。耳ごと引きちぎりたい。乙女(私の事だよ!)に向かってそれはよろしくないんじゃないの?
ともかく私は廊下に出て直通電話で連絡する。ツーコールでジジイが電話に出た。
「珍しい事もあるもんじゃ。何か御用かな、お嬢さん? タケルの伴侶になる気になったか?」
「それはありません。いつかの貸した分を返していただきたく」
「……ふむ、覚えておったか。いや、誤魔化すつもりはなかったんじゃが忘れとるなら忘れとるでもええと思っとったのは確かじゃな。それで何を?」
どうやら向こうもちゃんと「借り」として認識していたらしい。まあ命の恩人的なものだからね。
「実は……」
私は先程部屋の中で起こったことについて説明をした。ジジイは最初大人しく聞いていたが状況がわかった途端にため息を吐いていた。