第百五十五話 濡衣
色々まずいことになってます
転移先は私たちが捕まってた現場だ。いやだって街中のイメージ無いんだもん。当時の隊長さんに連れられて向かったリッピさんの商会に行くと寂れた感じになっていた。
店に近付くとチンピラが近付いて来た。なんだろう。お金? あ、持ってますよ。ジャンプしたらチャリンチャリンって軽い音じゃないけどジャラジャラならするんじゃないかな? 嘘です。全部アイテムボックスにつっこんであるから音も鳴りません。
「よう、姉ちゃん。あのお店に行くつもりか?」
「ええ、はい。手持ちの装備を補充したいので」
「だったらあんな寂れた店じゃなくていい店紹介してやるよ」
「バレック商会って大店なんだぜ」
バレック商会? はて、どこかで聞いたような……あっ、子どもたちを攫ってたやつ! ということはこいつら人さらい? えっ? でもあいつらの悪事は明るみに出たよね?
待てよ? 交代した隊長さん。寂れてるリッピさんの商会。まだ生き残ってるバレック商会。領主の慌ててる様子。これらを勘案すると……もしかして領主もグルだったのか? ということはあの時の「好きにしろ」ってのは「ワシには関係ない」じゃなくて「お前が何をしてもワシが揉み消すから無駄だがな!」とかそっち方面の言葉だったか!
「ありがとうございます。その商会はどちらですか?」
「案内してやるよ、来な」
そう言われて連れて来られたのは路地裏。どう見ても行き止まりです。本当にありがとうございました。
「あの、何も無いですよ?」
「心配すんなよ。ここはバレック商会の裏でその壁の向こうがバレック商会だよ」
適当に乱暴するための場所かと思ったら一応連れて来てはくれたらしい。
「さて、それじゃあ報酬をいただこうか」
「金でも身体でも好きな方を選びな。まあ身体にそこまでの価値はねえけどよ」
余計なお世話だ! いや、価値がないと思ってくれた方が都合はいいんだけど。私の乙女の柔肌はイケメン以外受け付けないのだ。こんな世紀末面したようなチンピラどもには許したくない。
私は壁際まで走った。壁は高くてジャンプでは越えられない。棒高跳びならいけるかな? いや、やり方わかんないって。
「へっへっへっ、この壁にはな、魔法を無効化する効果があるんだよ」
「壁を破壊して逃げようとしても無駄だぜ?」
なるほどここまで連れてきたのはそれを知ってたからか。なかなか抜け目がない。
「ありがとう。ペラペラ喋ってくれて。それじゃあ私はここで失礼するわね」
「はあ? 袋小路のどこに逃げるってんだ?」
チンピラどもは笑う。私は相手に向かって煙玉を投げた。本来は煙で臭いを消して獣から逃げるためのものだけど、ここでは視界を奪うことに使わせてもらった。
私は転移を敢行。転移先はさっきのリッピさんの商会の前。今度こそ入ろうとしたらまた声を掛けられた。
「よう、姉ちゃん。あのお店に行くつもりか?」
先程と同じ構図、同じようなチンピラ。人数も二人。ツーマンセルでも組まされてんのかな?
「いえ、通りがかっただけです」
「そうかい。あそこはやめといた方がいいぜ。何しろあそこの店主は子どもを誘拐して売り飛ばしてたって話だからな。お前さんも売られちまうぜ」
あれ? リッピさんが子どもたちを売ってた事になってる? これは酷い濡れ衣だ。
「そうなんですね。ありがとうございます。別の店にしますね」
そう言って私はお店の前を離れた。もしかしてこれ、無限湧きとかそういうやつ? 近付く度にトラップカードが発動してチンピラが召喚されてたりする?
いや、ともかくここじゃあダメだ。店の中に入ろう。いきなりは失礼かと思って遠慮してたが背に腹はかえられない。
店の中は薄暗い感じになっていた。従業員の姿も殆ど見えない。苦しげな声が微かに聞こえてくる。奥の方の部屋からだ。
「ああ、ああ、ヤッピ。すまない、私が不甲斐ないばかりに」
「良いのよ父さん。悪いのはあのクソ領主とバレック商会だもの。私は負けないわ!」
「だ、だが、もうこの店は……」
「従業員が何よ、私がいるじゃない。いくらでもやり直せるわ! 負けてはダメ、ダメなのよ!」
どうやらリッピさんと娘のヤッピがいるみたい。私はそうっとドアを開けた。
「誰!?」
「ただいま、ヤッピ」
「嘘、キュー?」
「そうだよ。鉱山から帰ってきたよ」
「キュー!」
ヤッピが目に涙を溜めたかと思うとそのまま私に飛びついて私を抱き締め泣き始めた。きっとお父さんの為にも泣けなかったんだろうなあ。
「やあ、キュー君かい。ごめんな。こんな状態で。我が商会はもう……」
「リッピさん、ありがとうございました。あのお手紙のおかげでペペルさんと知り合えて色々上手く行きました」
「そうか。それは良かった。そんな君に頼みがある。ヤッピを君の旅に連れて行ってはくれないか?」
「お父さん!」
リッピさんの言葉にヤッピは叫ぶ。リッピさんは構わず続ける。
「私の商会はもうダメだ。この街ではやっていけなくなってしまった。このままではヤッピも行き場所なく、二人で野垂れ死にしてしまうだろう」
「はい、現状のままならそうだと思います」
これは希望的観測を含まない現状分析だ。従業員が居なくて客が来ないように封鎖されてる商会なんて存続出来るわけが無い。
「対価は……うちの船だ。好きに使ってくれたまえ」
なるほど。貿易商だから船はあるのか。それなら貿易に行った人たちが帰ってくるのでは? いや、ダメか。子どもの奴隷売買していた濡れ衣を着せられてるんだから船ごと検閲が入って全部押収されるだろう。
「ヤッピーには商才がある。この子ならどこでもやっていける。お願いだ。君の旅にヤッピを」
「お父さん!」
ヤッピは泣き続け、リッピさんは私に頭を下げている。なんというか悲劇的な状況だ。
「お断りします」
私ははっきりと言ってやった。リッピさんの顔に落胆の色が見え、ヤッピは私に噛みつかんばかりになっている。
だけど反撃しないで逃げるなんて出来ないよね? 今度はこっちのターンなんだから!