第十六話 捕物
こちらにおわす御方をどなたと心得る!
代官屋敷。出て来たのは例の書庫である。
「ここは、書庫か?」
「ふむ、確かに見つからずに出られそうなところだが」
「ええと、どこなんだろう?」
「あら、キューちゃんは何を探してるの?」
「本棚を動かすスイッチを。どこかを弄れば本棚が動いて入口が出て来ますから」
実際に本棚が動いてるのを見てないので何とも言えない。というか本当に本棚が動くのかも分からない。想像の上ではそうなってるだけである。実際に本棚の裏側に下への道があったし。
そうだ、こんな時こそ透視だ。私は本棚を裏側まで透視した。そうすると西側の壁の方にくっついてる本棚の後ろが空洞になっていた。
「あっ、ここ、ここです。ここに空洞があります!」
「なるほど。ならば無理に開けずとも良い。アリュアス、ここに残れ」
公爵様がギルマスに指示を出す。なんで残すの? ああ、ここの証拠を隠滅されないためだね。
「よし、ではキュー君。代官の部屋に行こうか。場所は分かっているのだろう?」
まあ忍び込んで見つけましたから場所は分かってますが、転移では行きませんよ。なるべく転移先に人が居るのは避けたいので。目視できるなら良いけど。
「仕方ない。確か三階だったな」
どうやら公爵様も来た事がある様だ。私たちは足を早めて階段を上る。途中で衛兵に会ったが、公爵様がひとにらみすると直ぐに武器を下ろした。
「代官、失礼します」
「ほほう、これはこれは冒険者ギルドのエレノア嬢でへありませんか。勝手に代官屋敷に侵入とはなかなかお行儀が悪いですな」
「副ギルド長のラルフを捕らえました。どういう意味か分かりますね?」
「なんの事やらさっぱり。まあラルフは役立たずだったということだ。当然私とやつが繋がってた証拠などあるまい」
あくまでとぼけるつもりの代官。ニヤニヤ笑っている。そう、ラルフを捕らえたとして、貴族である代官には指一本触れられないというのが身分制度らしい。怪しいと分かっていても拘束すら出来ないのだ。
「それよりも、代官屋敷への不法侵入、冒険者ギルドは犯罪行為を推奨するおつもりか? この件は王都の冒険者ギルドに申し入れさせてもらおう」
いやらしい笑いをうかべる代官。恐らく彼の頭の中ではエレノアさんが泣いて許しを乞い、「あなたの言うことをなんでも聞きます!」「ん? 今何でもって言ったよね?」みたいな展開になるとでも思っているのだろう。
「この屋敷への侵入はワシが許可したのだ」
「なんだと? 一体誰の許しを……え、てぇ!?」
「代官よ、貴様の許しがワシに必要かね?」
「こ、こ、こここここ公爵様!? ど、ど、どうしてここに?」
わかりやすいほど動揺している代官。そりゃそうだ。本来は王都に居るはずの公爵様がこんな辺境の地まで来ているのだ。
「さて、代官。そんなことはどうでも良かろう、ワシの質問に答えてくれんかね?」
「い、いえ、その、特には必要ないかと」
「ふむ、ワシはな、ここに子どもたちが捕らえられておると聞いているのだが知らんか?」
「めめめ滅相もない! 私は、私は、断じて無罪でございます! 濡れ衣でございます!」
「ほう? ならばこの屋敷にはそういう子どもは居ないと?」
「もちろんです!」
見つかるはずがないと思っているのか、実際公爵様の過去の監査はくぐり抜けたらしいのでかなり自信があるのだろう。
「ならば調査させてもらおう。よし、一階までついて参れ」
「はっ!」
元気よく返事をする代官。肉体的にはマッチョなんだけど公爵様に気圧されてるのか小さく見える。公爵様は先頭に立ってどんどんと進んでいく。最初は余裕そうな表情を見せていた代官は書庫にたどり着く辺りで顔色を悪くしていた。
「ここじゃな」
「ここ、ですか? あの、ここは単なる書庫で」
「そんな事はわかっておる。さて、入るか」
さっきも来ていたが相変わらず本棚に囲まれた部屋だ。もちろん本棚は開いてないので下への階段も見えない。
「申し訳ありません、公爵様。大して整頓もしておりませんで。むさ苦しいところでしょう。直ぐに広いところにお茶を用意させますので」
代官が揉み手をしながら恭しく言う。さっさと切り上げさせようという魂胆だろう。私はこっそりと転移を敢行した。私の姿が本棚の後ろに消える。
「公爵様」
「おお、キュー君か。何故そんな所に?」
「馬鹿なっ!?」
「ここに下へと続く階段があります」
「ほほう、それは興味深い。ワシも見てみたいところだ。代官よ、ここにはどうやって行くのかな?」
なかなかの役者である。打ち合わせ通りとはいえ、不自然さはない。公爵様もなかなかにやりますな。
「そ、それは……私にもよく分かりませんで」
「ほほう、シラを切ると?」
「い、いえ、その、地下室の存在に気付かず」
「地下室のう。確かキュー君は階段があるとしか言っておらんかったと思うが」
完全に代官が黙った。きっと失策だとわかったんだろう。となれば代官が次にとる行動は……
「ええい、衛兵ども! ここにいる公爵は偽物よ! 貴族の名を騙る不埒ものどもを片付けるのだ!」
口封じだろう。普段は公爵様がきっと騎士たちに囲まれてるんだろうが、今回は転移なので一人だけだ。そしてこの場に戦力になりそうなのはエレノアさんだけ。ならば一か八かに賭けてみるのもありだろう。
ただし、ここにはそれ以外にもう一人潜んでいたのだ。外からぐぎゃっとか悲鳴が聞こえる。アリュアスさんが動いたんだ。
「代官よ、観念するのだ。さすがに公爵様を弒逆しようというのは大罪ではないか?」
「ぐっ、ぐうっ」
よく見るとここまでこっそり着いてきていた執事風のメガネが居なくなっている。もしかして……私は本棚の後ろから三階の部屋に転移した。
「なっ!」
そこには執事のメガネが金庫を開けて中の書類を持ち出そうとしていた。私が持って帰ったのはほんの一部だからね。執事は私を見つけると「退け!」と怒気をはらんだまま蹴りつけてきた。