第百五十四話 再訪
はるばる帰ってきましたマリナーズフォート。
馬車の旅もそろそろおしまい。マリナーズフォートの街並みが見えてきた。まあいずれはここに戻るつもりだったから街並みを目に焼きつけるとかはしてない訳で、あれが本当マリナーズフォートなのかは分からない。いつからだ? いつからあれがマリナーズフォートと錯覚していた? いや、普通にマリナーズフォートだからね。多分。
「見えてきましたね」
ザラさんが喋る。さすがに遠距離の移動が終わるから感慨深いものでもあったのだろう。
「では、この辺りで皆さんとはお別れですね」
「えっ?」
なんでもミリアムさんの別荘はマリナーズフォートから少し離れた丘の上にあるんだとか。ポニーの家かな?
「あ、そうですか。お別れするのはちょっと寂しいですけどお元気で」
「いや、キューさんはこっちに来てもらわないと。だって護衛でしょう?」
そうでした! いや、もう別荘まで目と鼻の先の距離とはいえ、百里を行く者は九十を半ばとするって言葉もあるくらいだし。それに別荘とか見てみたい。
「それなら先にマリナーズフォートに行きましょう。物資も揃えないといけませんし」
ミリアムさんが言ってくれたのでお言葉に甘えてマリナーズフォートに向かった。私たちの大群が街に迫ってくると、街の兵隊らしき人々が門の前で待ち構えていた。隊長らしき人物が車を止める。
「そこまでだ! このマリナーズフォートに何の用だ!」
商都ではこんな事なかったのに、と思ったが、あの時はペペルさんが話をつけてくれてたんだよなあ。実はというか優秀だよね、ペペルさん。
「私たちはマリナーズフォートから他の大陸に帰るための途上のものです。国王陛下からの許可ももらっております」
「ふむ、じゃあそれを見せてみろ!」
そう言いながら隊長らしき人物が馬車に近付いてくる。ある程度近付いたところで、歩みの速度が鈍った。あれ?
「あ、あの、もしやそれは王家の御用馬車?」
「あー、よく分からないけどそうみたいですね」
よく分からないも何もボディにデカデカと国章が彫ってある。そういうのは王族しかできないからなあ。
「はい、こちらです。どうぞ」
そう言って馬車の中から身を乗り出して書状を隊長に渡そうとした人、まあミリアムさんなんだけど。を見て隊長が固まった。
「聖母、ミリアム、殿下?」
「あら、ご存知みたいで嬉しいわ」
はにかむような笑顔を浮かべたミリアムさんに隊長は弾かれた様に馬車から飛び退り、その場で土下座をした。
「隊長、何やってんすか?」
「なんかされたんですか?」
「もしかして精神異常魔法!?」
衛兵たちが色々口走って武器を構えようとする。隊長は慌てて大声を出した。
「馬鹿者! 聖母ミリアム王女殿下だ! お前ら、ぼやぼやすんな! 頭が高い!」
あ、本当に頭が高いとかいうんだ。印籠出してひれ伏させるタイプの時代劇で観たやつ。私は二代目の人が好きだな。あと、かげろうの姉さん。
衛兵たちはそれを聞いて弾かれたように武器を捨てて平伏した。ミリアムさんは戸惑ってるみたい。まあ日頃お城から出ないでいたみたいだから平伏される機会なんてないか。あ、スラムの炊き出し? さすがにスラムの人達にそんな平伏するような奴が居るとは思わないし、ミリアムさんもそれを望まないで施しを続けたんだろうからそういう機会はなかったみたい。
「出迎えご苦労さまでした。この街の貴族と話がしたいのですが」
「お待ちください! すぐに、すぐにご案内致します!」
そう言って隊長は伝令を走らせた。街中に移動させた方がいいんじゃないかと思ったけどそういう訳にもいかないらしい。
間もなく一台の馬車が物凄いスピードで乗り込んできた。そしてそこから転げ落ちるようにデブが転ひ出て来た。
「おおおおお、ミリアム様! お久しゅうございます! マリナーズフォートの領主、ドレイル・マリナーズでございます!」
転がってきたまま流れる様に平伏する姿は見事である。最初にマリナーズフォートに来た時に尊大な態度をとっていた人物と同じとは思えない。
「まあ、ドレイル様でしたのね。お久しゅうございます。お父上の後をお継ぎになられたと聞いていますがどうですか?」
「はっ、特段問題などなく勤め上げております!」
どうやらミリアムさんはこのデブを知ってるらしい。ザラさん曰く、昔はもっとスマートなイケメンだったとか。どうしてこうなった? いや、マリナーズフォートみたいな港町だと美味しいものが沢山だもんね。わかるよ。美食の街でしょ。
「あの、そう言えば隊長さんが代わってるみたいなんですけど、スターリングさんはどちらに?」
「なんだと? 何故貴様がスターリングを知っているのだ!」
あ、なんか激昂された。あの捕物の時に隊長はスターリングさんっていう人だったのは覚えてるんだけど、姿が見えないからどうしたのか気になってたんだよね?
「まあ、そのスターリングさんというのはキューさんのお友達ですか?」
「お友達というか、お世話になった方というか」
「そうでしたか。それでしたら私も是非ご挨拶させていただきたいですね。どちらに居られるのでしょうか?」
目に見えてデブ……ドレイルのかく冷や汗の量が尋常ではない。もしかして更迭されてる? いや、あれだけ捕物で活躍した人が更迭されるわけが……もしかして、この領主もグルだったりする訳?
「あの、貿易商のリッピさんのところに案内して貰えませんか?」
私がリッピさんのことを言うとビクリ!と身体を震わせる。あ、これはリッピさんにもなんかやってるのかな? こうなったら強行突破だ。
「ミリアムさん、私、ちょっと先に街の中を見てきます!」
「えっ? あ、ああ、そうですね。とりあえず馬車の中で休んでください」
なんで馬車の中?って思ったけどザラさんに連れられて馬車まで戻った。ザラさんは小声で言う。
「ミリアム様が時間を稼ぎますので今のうちに」
ああ。私の能力に配慮してくれたのか。確かに迂闊だったなあ。よし、街中に転移だ!