投降(episode153)
そういや一緒に来てるはずの凪沙と保乃の存在が希薄になってる。
「連れて来てあげるからあなたの親分さんを呼んでいただけるかしら? もちろんバックに組がついてるならその方達も一緒に」
諾子さんが言う。自分が四季咲とは名乗らない。というか正確には諾子さんは四季咲を動員できるだけで厳密には四季咲ではないもんなあ。メアリー嬢にしても、鷹月歌に間接的には影響力を持つけどまだ鷹月歌ではないんだよね。輿入れしてないから。
「いいだろう。呼んでやるぜ! ボスたちが来ててめぇらが吠え面かいてんのを見るのが楽しみだぜ!」
そう言うと男は電話をかけ始めた。まあなんか怒られてるみたいですいませんってペコペコしてたけど。
それから黒塗りの高級車が到着した。中からはヒゲを生やしたジジイ一歩手前の男が出てきた。周りには屈強なボディガードが。うーん、割と好み。でも見掛け倒しだとやだなあ。
「どういうことじゃ、庵条! キサマ、たかだか零細不動産屋の借金のキリトリも出来んのか!」
「す、すいません。こ、こいつらが右記島だの十条寺だのと言うもので」
「阿呆! 八家っちゅうてもピンキリじゃあ。右記島に十条寺なんぞ怖いものかよ! しかもこいつら小娘じゃねえか。どうせ末端の粋がったガキだろうがよ。構わねえから攫っちまえ!」
おいおい、このジジイマジかよって思ったけど、紗霧さんと美鶴さんは目がすうっと細くなった。あ、これはキレてんな。
「胡蝶様、あやつ、処理しても?」
「おやめなさい。ここは諾子様に任せましょう」
「友サン、飲んでいいよね?」
「ダメです。今飲んだら一ヶ月禁酒ですからね」
今にもハジけそうになってる二人をそれぞれの主が抑えてくれた。ジョキャニーヤさんは……動かずに様子を見てるみたい。というか八洲語で話されてるから何を言ってるのかわかんないといったところか。
「八家に劣らぬバックが居るのですか? 参考までに教えていただいても?」
「あぁん? うちら白駒一家は関西帝国愚連連合の一員なんだぜ? なんかあったら関西方面から軍隊が大挙して来るんだ。黒い軍団がこんな田舎町なんか踏みつぶしてしまうぜ?」
地元がそういう集団に蹂躙されればこいつらのシノギであるみかじめ料とかそういうのが入らなくなると思うんだが、そういうのは気にしていないらしい。デカい力を行使するというのはそんなに人を狂わせるものか。
いやまあどんだけ集まってきても多分私の魔法で一網打尽には出来るとは思うけど。それにジョキャニーヤさんが争いの臭いを察知したのかうずうずしてるんだよなあ。
「古森沢としては地域経済の発展を妨げるものはあまり好ましくないので排除したいですね。その方たちとお話ししましょうか?」
ニコニコしながら諾子さんが言う。
「はっ、お前、古森沢かよ! よりによって八家の最下層じゃねえか。これなら清秋谷のダンナを呼ぶまでもねえぜ!」
清秋谷、八家の中でも警察組織を牛耳るところだったと思う。いや、おそらくはトップでは無いと思うがそれなりに警察の力を使うことが出来るのだろう。しかしヤクザと警察が癒着してるというのはよくある話なのか。朱に交わってる内に赤くなっちゃったパターンだろうね。あと、清秋谷って安月給だって言うし。
「ジョキャニーヤちゃん、全部倒してもいいわよー。あ、あの偉そうなおじさんは残してね」
諾子さんがアラービア語でジョキャニーヤさんに言った。っ!? いつの間に習得してたの?
ジョキャニーヤさんは口の端をニヤリと歪めてそのまま飛びかかった。ごとり、という音すらしないでジジイの周りにいた男たちの首が落ちた。
その内の一人の首がころんとジジイの手のひらに転がり落ちて濁った目でジジイを睨んだ様に見えた。
「ひいっ!?」
手に持っていた生首を放り投げながら尻もちをついた。どうやら腰が抜けた様だ。
「てっ、てっ、てめぇ、てっ、てめぇ! な、な、何モンだ? クソ、やってられるか! こうなったらこの街自体ぶっ潰してやるからな!」
そう言ってどこかへ電話をかけ始めた。みんな電話好きだなあ。しばらくするとパトカーのサイレンの音が聞こえて十台以上のパトカーが迫ってきた。
先頭のパトカーからは屈強な男がおりてきた。ウホッ、イイオトコ!
「こりゃあ一体……あんたらがやったんだな。殺人に、脅迫、強盗……なんだなんだ、罪が重くなるなあ。それに、ガイジンかよ。こりゃあ犯罪組織のニオイがするなあ。逮捕するしかねえなあ。署まで来てもらおうか?」
ニヤニヤしながら号令を出すと後ろのパトカーからぞろぞろと人が降りてくる。お巡りさんなのかおさわりまんなのかよく分からん。手つきがいやらしいもん。
こういう時は確かこう言ったら良いんだっけ? 私はこないだ動画で見たばかりのセリフで返した。
「もちろん俺らは抵抗するで? 拳で!!」
「抵抗するだと? 構わん、二、三人殺しても構わんから撃ち殺せ!」
あるぇ? 通じなかった!? いや、まだあわてるような時間じゃない。って向こうは銃まで出てきたよ! 不意を打たれた! こうなったら簡易だけど使うしかない。拳じゃなくて魔法で抵抗するよ!
「水門 〈流水防御リフレクト〉!」
詠唱破棄だからあまり長い時間はもたせられないし、強度もそんなにないけど、マシンガンとやらで大丈夫だったんだから、あんな小さいのならきっと大丈夫。
飛来する弾丸を私の水の膜で弾く。一発たりとも後ろには通さない。この結果がわかってるジョキャニーヤさんは飛び出す瞬間を今か今かと待っている。同じく諾子さんも。
「ジョキャニーヤちゃん、ステイね。あの人たちは殺しちゃうとめんどくさいから」
「ええー」
不服そうなジョキャニーヤさんだったが諾子さんには従ってるみたい。諾子さんはやれやれといった感じでほっぺたに手を当てた。そしてため息を吐く。
「あーあ、やっちゃいましたね。専守防衛発動ですよ?」