第百五十一話 襲撃
暗殺者モード、オン!
「やぁ、お嬢ちゃん。本当にあんたが私たちの助けになるとは夢にも思ってなかったよ。というよりもあの夜のことが夢だった気さえするね」
声を掛けてくれたのはイドゥンさんだった。そう、確か南西の大陸出身の人。ロマーリアだかソフィーティアだかそんな名前の国。
「いえ、ついでですから。さあ、マリナーズフォートまで送りますから」
「いやいや送られても帰る船がないとねえ」
そう言いながら自重するイドゥンさん。そこにミリアムさんが話しかけてきた。
「キューさん、その方は?」
「南西の大陸出身だそうで、帰る船がないから帰れないと」
「まあ、心配ありませんわ。マリナーズフォートに行けば南西の大陸向けの船も出ておりますもの」
「だってさ、良かったね!」
「だってさと言われても何を言っておるのかわからんのだが」
あー、私と違ってミリアムさんとイドゥンさんでは話が通じないのか。めんどくさい。まあでも乗りかかった船だ。ミリアムさんの言葉を通訳してあげるとイドゥンさんは頭を地面に擦り付けるように感謝していた。馴染み深い言葉で言うと土下座。そう、DO・GE・ZA!
その他の牢屋も開けて回る。この大陸の奴隷もいるみたい。というか犯罪奴隷じゃない奴隷も何人もいる。田舎から連れ出された子どもたちだ。
農村とか山村なんかでは戸籍に登録しないで働き手として使う黒戸籍子というのが居るらしい。そういうのを狙って攫ったり買ったりするんだと。田舎では「また産めばいい」みたいに割り切る人もいるんだとか。世も末だねえ。
そういう子たちは行き場所がないからここから出されてもどうしようもない。どうするかなとか思ってたらペペルさんに丸投げするみたい。ええっ、良いの? 王族命令? 良いのかなあ? ペペルさんの顔が引きつってるけど。
それからペペルさんの用意した馬車に大勢の人たちを乗せて出発。うん、私たちも一緒に行って説明しないとね。というかマリナーズフォートがミリアムさんの最終目的地なんだから行くしかないよね。
馬車は進んでいくが何しろそこそこ屈強な男性(一部除く)を運んでいるのだ。どうしたって速度は遅くなる。まあ馬車って言ってもミリアムさんの王族用のものではなくて荷運び用のものらしいけど。すし詰めですよ。すし詰めざんまい。いや、満載か。
鉱山からそこそこ離れた森の中。先頭の馬車に矢が射掛けられ、馬車の前を塞ぐように木が倒された。そして森から出てくる弓を持った男たち。弓はミリアムさんや私が乗ってる馬車に向いている。
奴隷だった人たちは……外に出ないで馬車の中で震えている。そりゃあそうだ。人数的にはこっちが圧倒的に有利なんだけど、こちらには武器がない。いや、正確には武器を持ってる人が少ない。人海戦術でなんとかなると思うのは素人の浅はかさ。その前に誰が最初の犠牲者となるか、というので動けなくなるのだ。
「をーっほっほっほっほっ! ワタクシを! わたしくしを! バカにしやがりやがってぇ! どうせ国家反逆罪なら、今すぐお前たちを殺してやる! そして私の奴隷達を返してもらうわよ!」
どうやって来たのか分からないがケロッズ夫人がそこにいた。周りに黒装束の人間が三人くらい居るからそいつらが連れ出したんだろう。
「さあ、私の暗殺者たちよ! やっておしまいなさい!」
あの、暗殺者にそういう攻撃スタートみたいな命令するのは暗殺者の方としてもやりづらいと思うんだけど。それにこいつら暗殺者とは思えない身のこなしなんだよね。
黒装束の男……なのか女なのかは分からないが、二人が大きくジャンプして馬車の屋根に乗った。そしてそこから剣で馬車の屋根を貫こうと……
ガキン! はい、弾かれました。そりゃあそうだよ。私が馬車に何もしてないとでも思った? ちゃんと障壁は張ってるんだよ。さて、それじゃあ暗殺者()君? さん? たちのお手並み拝見といこうか。
馬車の上に陣取った黒装束は焦りながら屋根を攻撃してる。いや、物理的には無理だからね、それ。とか思ったらもう一人は横に降りてドアを攻撃し始めた。無駄無駄。ドアも含めて囲ってるから。
私はゆらり、と動いて転移をかました。屋根に夢中になってる男、うん、この距離からなら分かる。男だね。は、私に気付かない。いや気付いたけど目に映る景色が信じられないのかもしれない。
「レクチャーワン、肩口から心臓まで二十センチ。すっとナイフが入って骨に邪魔されることも無く到達する」
私はそう言いながら肩口にナイフを突き立てる。八洲だと刃渡り六センチ以上のものは銃刀法違反とかで捕まっちゃうんだけど、この世界はそんな野暮は言わない。普通に武器屋で売ってるしね。
屋根の上に血が広がって屋根からぽたぽたと血が落ちる。砂糖醤油じゃないよ? それに気付いたドアをガンガンしていた奴が「ひっ!?」と悲鳴をあげる。あー、女性でしたか。いやまあ男だろうと女だろうと関係ないんですけど。
尻もちついていたので後ろから寄って頸動脈をさっくり。ぶしゅーって血が吹き出ます。返り血がつかないように全身を障壁で守りました。いや、風呂は入れよって話なんですが旅の途中ですしね。
「な、な、なんなんだお前は!」
なんだなんだと問われたならば答えてやるのが世の情け……はもういいか。とりあえず答える必要はないよ。この世界では私はしがない冒険者なんだよ。
もう一人の黒装束が脱兎の如くに逃げる。うん、まあ状況判断は出来てるみたいね。応援呼んでくる? いや、それなら依頼主らしきこのクソガエルを残していかないでしょ。
あーあ、へたりこんで股の間からアンモニア臭がするよ。汚いなあ。正直触りたくもない。
「あ、あ、あ、あ」
「小便は済ませたね? 神様にお祈りは? 部屋の隅で……あー、外だから部屋じゃないね。画面? いや、画面でもないでしょ。画面端とか言われても現実世界じゃわかんないし。まあ命乞いはしてないからそのまま殺っちゃうってことで」