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閑居(episode150)

近藤はこのお爺さんが支店長だった当時、係長でした。

「ごめんなさいね。近藤さんがあんな人になってるなんて思ってもいなくて」

「諾子さんの知り合いなんですか?」

「そうよ。ダーリンと二人で住む家を探してもらったのよ」


 その時はダーリンことリュウジさんが根回しをしてたんじゃないだろうか? それとも娘に甘々のあのジジイかな? 駆け落ちだったのかもしれないけど、娘を路頭に迷わす様な事はしないよねえ。


 あ、駆け落ちとかじゃないんですか? 元々決められていた婚約を蹴ってリュウジさんのところに嫁ぐと宣言して正門から堂々と出て行った? うわぁ、どんだけ肝が太いんだよ。


「……ティアちゃん? 私は、太く、ないわよ、ね?」

「さりげなく頭の中を読まないでください! というかそういう意味の太いじゃありませんし、スタイルは本当に二十代かと見紛うばかりのスマートさですから!」

「うふふ、ごめんなさいね。ティアちゃんはわかりやすいからつい」


 私はこの話題を続けていくことに危機感を感じて、話題の転換を図る。


「そ、それにしてもあの不動産会社はダメだったですけど、他に不動産会社とか知り合いいるんですか?」

「右記島の資本ので良ければ」

「十条寺の管理物件扱ってるところなら」

「私は短期滞在用の物件専門のところしか紹介されてないわね」

「パラソルグループの資本が入ってるところなら」


 胡蝶さん、友子さん、ラティーファさん、メアリー嬢の四人が口々に言う。よく話を聞くと、右記島は研究施設用。十条寺は駐車場になってる空き地。パラソルグループはオフィス街のビルだった。私が探してるのは住居だよ、住居!


「心配しなくてももうすぐ着くからね」


 諾子さんが案内してくれたのはなんか古びたドアにぺたぺたとなんか貼ってある掘っ建て小屋みたいな場所。ドアに貼ってあるのは物件と家賃みたいな感じ。あと、金返せとか人でなしみたいな貼り紙がアクセントのように彩られている。


「お邪魔するわね」

「留守だよ」

「いるじゃないのよ」


 応えてくれたのは上半身がランニングシャツで下にステテコ穿いた爺さん。新聞を眺めながら顔をあげようともしない。


「……金ならねえぞ」

「借金取りでもないわよ」


 諾子さんのその言葉にジジイは顔を上げた。途端にその顔が綻ぶ。


「おお、あんた、諾ちゃんかい? 久しぶりだねえ。大きくなったもんだ。おっぱいもケツも大きくてさぞかし元気な子供を産んだんだろうなあ!」

「もう二十年も前よ、産んだのは。それからも頑張ってたんだけどなかなか子宝に恵まれなくてね」


 セクハラ紛いの発言に辟易していたら事も無げに諾子さんが応えていた。どっちも笑顔のままだから仲が悪いということもないのだろう。


「全く、諾ちゃんが四季咲から出たって時にはびっくりしたもんだが」

「うふふ、あの頃はお腹に赤ちゃんが居たからね」

「リュウジの野郎は上手くやったよな。まあいいさ。座んなよ。茶ぐらいは出してやるから」


 そう言ってジジイ、いや、お爺さんは奥へと引っ込んだ。狭い店の中でみんなが立ってる。だって座るとは居れなくなるもん。


「それでこんなに大勢で押しかけてどうした? まさか借金取りの手先じゃねえだろうな?」

「借金してるの?」

「ああ、保証人なんかなるもんじゃあねえなあ。まあいざとなったら持ってる不動産全部売るさね」


 保証人というシステムはお金を借りる時にもし返せなくても代わりに払ってくれる人を指すらしい。いや、返せなかったら本人が返す以外に無くない?


「まあ、それはいいわ。今日はね、この子の家を探して欲しいの」

「家出娘か? 犬猫みたいに何度も拾って来るんじゃないよ」

「失礼ね。犬猫よりも可愛いでしょ。あと柔らかい」

「……まあいい。条件は?」


 お爺さんは私をジロジロと見た後にメモ帳のようなものを取り出した。


「ええと、じゃあティアちゃん」

「あの、在留証明書とか無くてもいいんですか?」

「ああ? まあ提出求められたら必要かもしれんが、ここの物件はワシが持ち主だからな。細かい事は聞かんよ」


 そう言ってお爺さんはニヤリと笑った。なんでもこのお爺さんはさっき行った店で支店長を務めていたらしいのだが、景気の下落により、地主が手放さなくてはいけなくなった土地を私財を投じて買取り、それらを管理する為に辞めたのだという。近藤さんとやらは昔の部下らしい。


「ええと、条件ですが、それなりに広い部屋と出来たら家庭菜園が出来る庭、近隣にあまり住居などがない方がいいです。それでいて交通の便が悪くないところ」

「随分と条件付けるなあ。家賃は?」

「ええと、三から五くらいがいいんですが」

「月三万から五万円の家賃かい? まあ無いこともないけど」

「いえ、価格が三千万から五千万くらいで」


 ポキリ、とお爺さんが持っていた鉛筆をへし折った。


「おい、諾ちゃんよ、近藤のところ連れてった方がいいんじゃねえか?」

「そこを追い出されたのよ。とりあえず土下座はさせたから」

「やれやれしゃあねえなあ。それじゃあ物件見に行くか?」


 そう言うとお爺さんは奥に引っ込んで今度はビシッとしたスーツに身を包んで出て来た。これが本当の馬子にも衣装ってやつか。


 お爺さんはそのまま事務所に鍵もかけずに出て来てスタスタと歩き出した。鍵はかけなくていいのかと聞いたら、どうせ金目のもんは無いし、留守の間に侵入しそうなのは借金取りだけで、そうなった場合には不法侵入の罪と引き換えに借金額を減らしてやると息巻いていた。なんだかなあ。


 緩やかな坂道を上って行くと道の上からキラキラと海が見えた。景色いいなと思いながら後をついて行くと丘の上に一軒の建物が出現した。


「着いたぜ、ここだ。まあ交通の便は悪くは無いが公共交通機関とかはねえぞ」


 いや、私はいざとなったら魔法で何とかすると思うのでそれはいいのだが。案内されたのは古びた洋館の様な建物。まあ私の住んでた貴族の屋敷と比べたらかなり小さいんだけど。お爺さんが鍵を開けて中へと誘ってくる。

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