凍土(episode143)
大規模殲滅呪文です。実はエレノアさんも使えます。なお、使ったあと寝込む模様。
審判は諾子さんが嬉々として務めてくれた。こういうの好きなの? あ、お祭り騒ぎが好きなだけですか。そりゃあそうか。
「それじゃあ、よーい、スタート……って言ったら始めるのよ〜」
美鶴さんかダッシュしかけて踏みとどまった。一足で間合いの半分が潰されてる。これ、もしかしてかなりやばい? 詠唱破棄を仕込んどかなきゃダメじゃない?
あ、諾子さんが私にこっそりウインクした。もしかして、美鶴さんのこと知ってて情報教えてくれようとしたのかな?
「じゃあ今度こそ、よーい、スタート」
言葉と共に諾子さんの手がノロノロと振り下ろされる。美鶴さんは……ほぼ動いていない。どうやら冷静に状況を見極めようとしているみたいだ。それじゃあ今のうちに。
「金門〈反射神経増強〉」
弱めにかけた。相手の攻撃に反応しないといけないからね。使い過ぎると頭痛くなるけど。
「それじゃあ行こうかね!」
美鶴さんが宣言とともに地面を蹴った。先程の踏み込みだ。うわぁお、あれ、肉眼で見えたりするの? 私には無理だよ。そう、この魔法使ってなきゃね。
「おおりゃあ!」
美鶴さんの大振りの攻撃が上から降ってくる。そりゃあ上背は美鶴さんの方があるから降ってくるで間違いないんだけど。篠突く雨の如く拳打が降ってくる。重力加速度も手伝ってるのだろうか。一発一発が重い。
ダメージは無いのかって? 風壁で辛うじて防いでるよ。時々突き抜けてくる打撃もあったりするけど、何とか交わしてる。これはヤバいわ。
「ははっ、マジっスか? あたいの拳林弾雨を捌くでも無く防いだんスカ?」
「面白い」
美鶴さんは驚き、ジョキャニーヤさんは不敵に笑う。あー、まあ、ジョキャニーヤさんなら全部交わせたかもね。
「紗霧、あれを交わせますか?」
「出されれば交わすのは至難ですが、当たらない方法などいくらでも。ガンマさんなら反撃まで持っていくでしょうが」
「すこいのですね、楓魔の忍びは。私は交わせませんでした」
友子さんは武闘派なのか、交わすのにチャレンジしたことがあるみたい。紗霧さんはそもそも出させないのかもしれない。
「こりゃあ、ガチでやらなきゃ失礼ッスね。じゃあ失礼して」
そう言うと美鶴さんは懐からひょうたんを取り出した。だけど僕らはくじけない。泣くのはいやだ笑っちゃお。なんて感じなのかは分からないが、飲み干した美鶴さんは口の端を歪めてニヤリと笑っていた。なんかキバみたいなものが見える気がする。
「はーっはっはっはっはっ! 爽快だねえ! 封を解いた状態で闘りあえるたあ、僥倖僥倖!」
ジョキャニーヤさんもニヤリと笑っている。というかうずうずしている。代わります? 代わってもいいよ、むしろ代わって?
「【大江山の鬼の末裔】美鶴、推して参る!」
なんか鬼の末裔とか言い出したよ? 戦闘やめますか? それとも、人間やめますか? オレは人間をやめるぞ、J〇J〇ぉー! なのかな? エイジャの赤石は無かったよね?
「ふう、爆ぜろ!」
そう言いながら美鶴さんが地面を殴る。物凄い爆風が吹き荒れる。走る走る私。流れる汗もそのままに。余裕こいてる場合じゃねえ!
「木門〈風身浮遊〉」
さすがに地上に居たらなんか食らってただろうから私は空に逃げる。心のブルースカイ翼で自由に飛びたい。まあ翼なくても飛べますが。飛びます飛びます、ナチュラルハイトリップ! いや、その飛ぶじゃないんだよなあ。
「嘘だろ」
「浮かんでる」
「なっ!? ワイヤーすら見当たらない。一体なんだそれは!」
「まさか、こんな……」
観客の驚く顔が見える。驚いてないのは知ってる諾子さんと、ブレないジョキャニーヤさん。また隠し球持ってたのか。次はそれも使ってね!みたいな顔してる。私はジョキャニーヤさんとは二度とやり合いたくないよ。特に人形遣いモードの時は。
「ハハハ! 良いねえ良いねえ! そんなことまで出来んのかよ。とんでもねえなあ。でもよお、そこからじゃああたいは攻撃出来ねえんじゃねえの?」
そんなことを言われたので、私は魔法の真髄を見せてやる事にした。というかまともに殴り合いたくないもん。あ、反射神経増強は切ったよ。攻撃届かないだろうし。
「諾子さん! 皆さんを避難させてください。そうですね、あの二階辺りまで」
「分かったわ。さあ、みんな行くわよ」
諾子さんの誘導でみんなが避難するように立ち去った。そして美鶴さんは待っててくれてる。どんな攻撃か来ようと耐えられるとでも言わんばかりに。まあ鬼の身体特性が鬼なら耐久性は申し分ないだろう。
「静謐なる天よ、清浄なる水の流れよ、凍土となり地を覆いて咲き誇れ。永遠の氷河、常世の闇、地を統べて白夜と化せ。水門〈氷結永久凍土〉」
地面に凍気が走る。気温が下がり、地面が薄く水で満たされる。わざわざ詠唱を持ち出さなければ発動さえしない、広範囲殲滅用の水門最源流魔法。ぶっちゃけ発動するかは運任せなところもあるはずだが、できると思ってた。女神様の加護があるからね。
「な、なんだこりゃあ!? こ、凍る、凍っちまう!」
美鶴さんの身体に氷がまとわりつく。この世の全てのものかが凍る絶対零度。摂氏マイナス二百七十三・一五度。私の魔法はそこまで行ってないと思うが、人体を凍らせるにはマイナス二百度もあれば十分。もちろん砕けばその場で終わりだ。いや、やらないよ?
「はーい、そこまで。美鶴ちゃんもいいわよね?」
「あ、ああ。あたいの負けだ」
「呪文崩壊」
諾子さんのストップが掛かった。私は諾子さん言われてすぐ魔法を解いた。というか直ぐに解除出来るように自壊式まで組み込んどいたよ。
「諾子様、今のは?」
「魔法よ」
「魔法!? 御伽噺じゃないんですよ!?」
「鬼の末裔も十分に御伽噺だと思うのだけど?」
よく分からないけど私もそう思う。