母親(episode15)
諾子さんの年齢は……はっ、誰か来たようだ。
「でしたら奥様に申し上げたらよろしいのでは?」
メイが口を出してきた。奥様? あの、さすがに凪沙をそう呼ぶのは気が早いのでは?
「母さんに? あー、まあそうかな。その方が牽制になっていいかもね」
どうやら奥様とは凪沙ではなかったようだ。タケルのお母さんにあたる人なのか。
「諾子さんに? そう言えばしばらくお会いしてないわね」
「凪沙は知ってる人?」
「ええ。ある意味年齢を超越しているもの凄い人ね。とてもじゃないけどおば様なんて呼べないわ」
「凪沙様は「お義母様」って呼ばれるのが嬉しいと思いますが」
「メイ!?」
どうやら母親公認のようである。私たち貴族の婚姻は家の都合が第一なので本人の気持ちとか無視してるからなあ。私も家に残ってたら嫁がされてたし。
「わかった。メイ、連絡をして……なんだそのジェスチャーは」
メイは手で大きくバツを作っていた。ダメってこと? 連絡とれって言ったのはメイだったよね?
「いけません、タケル様。奥様へのホットラインをお使いください」
「マジで? あれ、顔も映るんだけど」
「もちろん、それしかないでしょう」
タケルはすごく嫌な顔をしていた。そんなにお母さんに会うのが嫌なのだろうか。私の母は私を産んですぐ鬼籍に入ったそうだし、継母は私に優しくなかったから会うのが嫌だって気持ちはわからないでもない。まあ私は向こうでは落ちこぼれでしかないもの。
「わかったよ。全く」
そう言ってタケルは懐から板のようなものを取り出した。メイがそれを見て、天井から大きい画面を降ろす。
「なっ!」
「さあ、どうぞ」
「ううっ、衆人環視で架けるなんて」
コール音が三回鳴って画面が点灯する。そこに映ったのは歳の頃が十二歳位の女性。タケルの妹だろうか?
「はーい、もしもし? あら、タケルじゃない! 会えて嬉しいわ。もっと頻繁に連絡くれればいいのに。良かった、元気そうね。ちゃんと食べてる? 凪沙ちゃんには優しくしてる? どこかで他の女の子引っ掛けたりしてない? まあタケルなら大丈夫かしら。あんまりオタオタしてると凪沙ちゃんにも捨てられちゃうわよ。あと病気とかはしてないみたいで安心してるわ。あれ、そこにいるおっぱいの大きい子は愛人さん? ダメよ、せめて作るなら凪沙ちゃんと籍を入れてからに」
「待って待って待って!? ちょっと待って!? あの、あの、あの、諾子さん、お久しぶりです」
「嫌だわ、諾子さんだなんて他人行儀な。何時でもお義母様って呼んでいいのよ?」
「いえ、それは、まだ」
「なるほど、「まだ」なのね。楽しみにしとくわ」
それきり凪沙は喋らなくなった。しかも顔が真っ赤だ。連弾魔法みたいなトークに私もちょっと面食らっている。
「あ、ええと、私はティアです。なんかいつの間にやら古森沢の名前をいただいてしまって」
「あら、あなたが源三君の言ってたティアちゃんね。よく働いてくれてて助かるって言ってたわよ」
「いえ、オーナーには何から何まで良くしてもらってますから」
オーナーが私のことをよく働く、働き者だと称してくれてたのは嬉しかった。頑張って働かなきゃ。あ、でも今日私早番だったんじゃ……
「母さん、頼みがある」
「頭空っぽの伽藍堂の始末ね」
「母さん、知ってたの?」
「ふふふ、乙女の秘密よ」
「ぼくと妹を産んどいて乙女はないだろ」
「心はいつも乙女なのよ。大丈夫。うちの傘下の薔薇連隊を向かわせてるから」
何か玄関の方がドタドタうるさくなってきた。メイが警戒して出て行ったが後ろから黒くてマスクを被った全身が薄暗い格好の筋肉質な男たちが数人部屋に入って来た。
「ああ、ちょうど着いたのね。そいつら連れて来てちょうだい。場所は……そうねえ、四季咲の別邸がいいかしら」
無言で敬礼しながら男たちを連れ出す。後でタケルに聞いたら薔薇連隊は母の子飼いの部下なんだと。力仕事なら薔薇連隊みたいな使用用途らしい。純粋戦闘はまた別なんだって。いや、戦闘部隊まで居るの? こわっ。
「さて、タケル? 今回、このようになった原因は?」
「それは、ぼくとセイヤとの諍いから」
「違うでしょう。凪沙ちゃんを守る為でしょうに」
「えっ!?」
凪沙が目を丸くしている。どういう事だ?
「伽藍堂のセイヤとかいうボンボンが凪沙ちゃんを手に入れたくてあの手この手で凪沙ちゃんに借金を負わせて奴隷にしようとした。それをことごとく潰したあんたに牙をむいた。そうね?」
タケルは黙ったままだった。みんながタケルが口を開くのを待っている。しかし、奴隷とは。私たちの世界でも奴隷はいた。それはいわゆる犯罪奴隷というやつだ。昔は人身売買などあったらしいが禁止になっている……はずである。貴族の中には奴隷を使ってるところも居ると聞く。私の実家は手を出してなかったみたいだけど。
「ぼくは、ぼくはどうなってもいいけど、凪沙だけは、守らなきゃって、思ったんだ。そりゃあぼくには何の力もないけど」
「タケル!」
感極まって凪沙がタケルに抱き着いた。そしてぎゅっと抱き合ってる。おや、メイ。私たちは邪魔なのではないかしら?
メイは親指をビッと立ててこっそり部屋を出ることに承諾する。全てをぶち壊したのは諾子さんだった。
「はいはーい、イチャイチャは後でゆっくりやってね。それでいつまでたっても手に入らないから業を煮やして誘拐に走ったって訳。ティアさんが狙われたのは単純におっぱいが大きいからね」
なんということでしょう。戦闘の時も重くて動きづらくて難儀したのに戦闘以外のところでも邪魔になるなんて。いっそ切り落としてしまいたい。まあ痛いのは嫌なので切り落としはしないけど。
「それで、タケルはどうするの?」
「もちろん反撃するよ」
「手伝ってあげましょうか?」
諾子さんがくすくすと笑う。恐らく手伝って貰ったらスムーズに進むだろう。
「大丈夫、ぼくがやらないといけないんだ」
「まあ頼もしい。母は見守ってますよ」
そう言って笑顔のまま通信が切れた。