第百三十六話 再訪
エイリークさん、割とガバガバ。
翌日、私はアーナさんを連れて再び貴族の担当鉱区に来ていた。アーナさんは忍び足や気配消し、隠密の技能に長けていた。いや、さすがだね。
「こんにちは、エイリークさん」
「君は……こんな昼間からまた来たのだね」
「帳簿の方は順調ですか?」
「まあ昨日の今日だからね。そこまで変わってはいないさ。まあ早くやれと急かされては居るがね。で、そちらのお嬢さんは?」
私たちは東大陸語で話してるのでアーナさんには分からないんじゃないかと思ったら、ちゃんと理解出来ていたらしい。
「商都マッカの冒険者ギルド所属、アーナと申します。ちょっとお聞きしたいことがありまして」
「ふむ、冒険者ギルドということは新人冒険者の件かな?」
「お話が早いようで助かります。どのくらい来ておりますか?」
「さてね。冒険者だったのか分からないが若い働き手はそれなりに来ているからね。中には元冒険者というのも居るさ」
まあ若手冒険者がクエストでミスして借金を背負い、その返済のために鉱山に来る、というのはありふれた話らしい。まあカニ漁船に乗ったり山奥の飯場に行ったりするのと同じ感じかな。
ちなみにそういう奴らは貴族担当の鉱区ではなく一般鉱区に行くんだと。稼げる額は少なくとも安全性は担保されるからね。
ここの辺りは貴族担当だから貴族所有の奴隷を使うんだとかそういう話だ。アーナさんはその辺を織り込み済みで聞いているのだろう。
「私が聞きたいのはそういう話ではないと分かっておられるのでは?」
「やれやれ、それを話せる権限を私は持ってないよ」
エイリークさんは悲しげに言う。話す訳にはいかない? 誰か見張ってたりするのか? それとも冒険者ギルドの所属だからか?
「もしかして、冒険者ギルド内に共犯者が?」
「なかなか察しがいいね。それについては否定も肯定もしないよ」
否定も肯定もしない。という事はイエスでありノーでもある。冒険者ギルド内では無いが、共犯者はいる? そいつらは冒険者ギルドに容易く立ち入り出来る立場の人間で……
「もしかして冒険者が協力している?」
「違うな。そうじゃない。冒険者ならギルド職員に話せばいいだけの話だ」
あー、頭使うのは私の仕事じゃないと思うんだけどな。なんかややこしい話になってきたよ。
「冒険者ギルド内に居るけど冒険者ギルド内の人では無い……まさか?」
「そちらのギルド職員さんはわかったかな」
「冒険者ギルドの内部に付設してある商店や酒場の」
「違うじゃねえか」
あー、商都マッカではそこを商人に任せてたりするんだ。エッジでは冒険者ギルドがそのまま経営までやってたからなあ。場所が変わればルールも変わるってか。でも違うのね。
「冒険者ギルド内であって冒険者ギルド内じゃないって事なら定期的に来る人みたいなの居ない?」
「そんなの王都のギルド本部の視察くらいしか……えっ。まっ、まさかっ!?」
「そのまさかだ。王都のギルド本部の視察員。もっと言えば視察をする部署そのものが貴族の息がかかった奴隷収拾係だ」
なんか凄い大きい話になってきてない? それってもう、一貴族がどうこうじゃなくてある程度の貴族の塊がそうやってるって事でしょう?
「まあ話せば長くなるが、君たちは王党派と貴族派という言葉を聞いた事はあるかね?」
私は知らない。というかこの国のしきたりかなんかなのかもしれないが興味はないからね。私は奴隷になったみんなを助け出して連れて帰るだけだよ。
「現在の王が庶民にも優しい英明な王で、それを継ぐ王太子様も同じ様な方だと伺っています」
「そうだな。だが、王弟殿下はそれとは違う。王と貴族は神に選ばれた者として、民草を統べる責任がある、という考えで、庶民をないがしろにしている」
現に王都では庶民が迫害される事件まで起きて、貴族が何人か処分されたのだとか。なんとも物騒な。
「それで庶民を鉱山に送っていた貴族が送れなくなった。じゃあどうする? 答えは居なくなってもあまり影響の出ないものを送る、だ」
もしかして、冒険者が送り込まれてるのは居なくなっても平気だから? まあ確かに冒険者は自己責任だけどさ。
「だが、冒険者だけだと数が足りない。ではどうする? 国内で供給出来ないなら、国外から供給すればいい。つまり、私のように他国のものを誘拐して使えば良いとなったのだ」
もちろん誘拐も、冒険者の調達も、スムーズにはいかない。なので数は容易く揃えられず、奴隷の補充が急務になってるのだとか。世知辛い。
「結局全部喋ってますね」
「まあ、キュー君は嘘をつけそうにいし、そっちのアーナさんは白っぽいからね。話した事がバレたら殺されてしまうからね」
そう言ってエイリークさんは肩をすくめた。なんだかんだで悪い人では無いんだろう。というかこんなに口が軽くて大丈夫か?
「エイリーク、エイリークはいるか?」
「なんですか?(はやく、隠れて!)」
外からの呼び掛けにエイリークさんは私たちに隠れるように示す。私はアーナさんを掴んで転移した。
「すいませんエイリークさん、ちょっと来て貰えませんか?」
「何があったんですか?」
「東の牢屋の人間がストライキを起こしてまして」
「……分かりました。案内してください」
エイリークさんが苦虫を噛み潰したような顔をしたのを見逃さなかった。私はこっそりとついて行く。アーナさんもしっかり隠密してついてきてくれた。まあ残していく訳にはいかないからね。
現場に着くと貴族らしい男性と周りに騎士らしき鎧を着た奴らが十人前後、一方でほぼ裸でツルハシを持った男が数人見るからに戦闘態勢に入ってるようだった。よく見ると、後ろの方には血を流して倒れている男が居る。事故なのか危害を加えられたのかは分からない。生命には別状はなさそうだけど。
「よくもニエットを!」
「大丈夫か、ニエット!」
「くそう、もう我慢できねえ!」
「待った待った、待ってくれ! 早まるんじゃない、みんな!」
そこにエイリークさんが到着。間に合った、のかな?