第百二十六話 賊滅
キューちゃんの暗殺者的な横顔。真正面の戦闘は苦手なのですよ。
とりあえずミンチル商会に行ってみるしかないかな。
「で、これからあんたたちはどうするの?」
「オレたちか? まさかオレたちがこのまま引き下がれるとでも思ってるのか?」
「ああ、まあ、引き下がらないなら潰すまでだけど」
私は障壁を展開して近くの岩を粉々にする。力なんか込める必要はない。挟んで砕くだけだ。
「ひっ、ひぃ!?」
「もう一度聞くね? これからどうするの?」
「ま、街に行って衛兵に自首します」
「まあいいでしょう。この場で死ねってのはあまりに可哀想だからね」
いや、私としても本当にこいつらが自首するとは思ってないんだよね。大事なのは村から遠ざけること。あの若夫婦が襲われても嫌だしね。あ、村長はどうでもいいよ。
「じゃあいいよ。行っても。まあ約束守らなくてもいいけど、そしたらどうなるかは分からないよね?」
「ひぃ!?」
脅かしすぎただろうか。這う這うの体で逃げて行った。私は村に戻って部屋に戻り、そのまま睡眠する。
翌朝、宿の食堂で若夫婦が食べさせ合ってるのに遭遇した。何が、はい、あーん、だ。私にもそういうイケメン彼氏ください。
私たちが宿から出てくると村長が驚いた顔をしていた。まあそうだよね。盗賊に差し出したはずの可憐な美少女(私のことだよ!)がそこに居るんだもん。
あ、逃げようとしたな? そうは問屋が下ろさんぞ。私は転移で村長の前に回り込んだ。
「どこに行こうというのかね?」
「おっ、おっ、お前が、なんで、ここに居る!?」
「嫌だなあ、あの宿に泊まったんだから当然宿から出てくるでしょ、自然に考えて」
「バカな、バカな!」
まあ村長はそのままスルーしていいや。それより村を出発するためのキャラバンに乗るよ。村から出る。盗賊に襲われなかった。まあそりゃあそうだと思う。
若夫婦も私も居ない村に盗賊たちが攻めてきても……宿屋のご夫婦にはしばらくどこかに身を隠した方がいいと言ってある。まあ出発前ギリギリにだけど。多分私が居なくなっても一日程度ではことを起こさないと思うんだ。外れたらごめんなさいだけど。
馬車の中で若夫婦はイチャイチャしてる。なんだか幸せそうだ。朴訥そうな旦那様と、明るくて魅力的なお嫁さん。この幸せが壊れなくてよかったよ。
それから三日目くらいの夜に私はその場を抜け出した。夜は一人一人キャンプだからね。若夫婦と同じテントなんて使えないから自分のテントを使うのです。えっ、どこに持ってたかって? アイテムボックスの中だよ。
転移を繰り返して最初の村に着いた。黒煙が上がっている。どうやら村が襲われているようだ。その中に……いた! 宿屋のおじさんだ。なんかボロボロになってる。おかみさんはオロオロしている。怪我は無さそうだ。
「くそっ、てめぇのせいで、あんなバケモノと。こうなったら、てめぇも、都にいるっていうてめぇの娘も酷い目に合わさなくちゃな!」
「ま、待ってくれ! 娘は、どうか、娘だけは! 私は、どうなっても構わん」
「あんたぁ!」
おかみさんが顔をくしゃりと歪める。これは……見逃したら後味悪いよねえ。というかその娘さんの存在によって私は助けられたんだから。
「そうかい。じゃあ、てめぇを切り刻んでから考える事にするぜ!」
そう言って振り下ろされる刃。だが、それはおじさんには届かない。当然だ。私の障壁が守ってるんだから。
「その人たちに手を出そうとしたな?」
私は精一杯の低い声で言う。周りの男たちが怯えたのが分かった。
「あなたたちのボスは自首すると言ってたんだけどなあ。酷いよねえ。なんで嘘なんてついちゃうの? 悲しいじゃん」
誰が喋ってるかなんて分からない今の状態。闇の中に声が響くのみ。
「私もね、約束は守るつもりだったんだよ? 自首するって言うから見逃してあげたのに」
名言はしてないけど、自首するって言ったから殲滅はやめてあげたのだ。それなのに。
「なのに、なんでこんな真似するの? 嘘つかれたらあなたたちのこと助けてやれないじゃない。もう、……殺すしかなくなっちゃったよ」
私はその言葉を叩きつける様に剣を持ってる男の後ろに転移し、首筋にナイフを突き立てる。ぞぷり、という感触がして、男が血を流して倒れた。
暗殺。訓練以外での殺人は久しぶりだ。昔は潜入訓練でやらされていたからね。思えば鱗胴って割ととんでもないとこだよね。超能力は発言しなくても暗殺術はそれなりだったんだからね。だから処分されずに済んだんだよ。出来損ないでもね。
「なんなんだ、なんなんだよ、お前は」
「ナイン。まあこの世界で知ってる人は居ないだろうけど、それなりの暗殺者だよ」
私は次の標的に辿り着き、再び首筋にナイフを突き立てる。一晩だけ。そう、一晩だけ、私は暗殺者としての自分に立ち戻る。こいつらは盗賊。殺されても文句は言えない奴ら。
「ひっ、くっ、来るな!」
「逃げても、無駄」
後ずさりしたところで、私の転移から逃げられるわけもない。一人、また一人と、私の刃に掛かって死んでいく。そこにお頭が駆けつけた。
「てめぇら、何やって」
「やあ、お頭さん。また会ったね。自首するって聞いてたんだけど、どうなってるのかな?」
月明かりに照らされて私はニンマリと笑った。返り血は拭ってないから月明かりに鈍く光っていることだろう。
「なっ、なっ、なっ、なんで、てめぇが、こんなところに!」
「確認のために戻ってきただけだよ。ああ。でも馬車が出発する前には戻っておきたいからさっさと済ませるね」
私は転移でお頭を掴み、上空へと転移した。細かく何度も転移して、高度を保つ。
「さて、何か遺言はある?」
「頼む、許してくれ、本当に、本当に今度こそ、自首するから!」
「その言葉に信用があると思う? 無いよねえ。言葉って大事なんだよ?」
そう言って私はお頭の手を放した。落ちていくお頭は私の服の裾を掴もうとしてきたので、更に上に転移した。間一髪で掴むのに間に合ったお頭は更に高くなった自分に驚愕した。