第百二十一話 反攻
無事脱出成功です。
地下からの階段を上がると、階段の上で外を見ている男が居た。余所見はダメだよ? いや、余所見じゃなくて外を警戒してるのかな?
私は子どもたちに先んじてスピードを上げる。私の足音に上の男も気付いたらしい。
「来たか、早速裏から……」
いや、どうやら察しが悪い奴のようで、どうやら後ろに男たちがいると思って脱出を促して来た。ばーかばーか。私はそのままそいつの顎に蹴りを入れようとする。まあ失敗したんだけど。
「うおっ、てっ、てめぇ、何しやがる! おい、トビー! どういうことだ!?」
どうやらあの閉じ込めてきた奴のうちの一人はトビーという名らしい。それを知ったからと言って何が変わる訳でもないんだけど。
「大人しく、寝てなさい!」
私は避けるのは割かし得意なのだ。空間把握能力がそこそこ発達してきたから。でも相手に攻撃を当てるのはちょっと不慣れなのだ。今までの敵も攻撃は他の人に任せてきたしね。だから、こんな小悪党の下っ端を気絶させるのも割と他力本願だったりする。
私は男を押し倒した。いや、これから事に及ぼうとかそういうつもりは全くない。こいつは私の好みから外れたブサイクだからね。あ、世のブサイクな方々には申し訳ない。私はイケメンしか興味無いのです。
ちなみに押し倒すのには触れたくなかったから念動を使ったよ。両手両足を固定して地面に貼り付ける。これで動けまい。
下から上がってくる子どもたちのうち、体重がそこそこある歳上の方の女の子が三人まとめて上に乗る。ある意味ご褒美じゃないかな? どの業界かは知らないけど。
「ぐえっ!?」
「このっ、このっ、このっ、このっ」
「気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い!」
「死んじゃえ、死んじゃえ、そのまま死んじゃえ!」
うん? なんか個人的な恨みでもあったんだろうか。えっ? 味見って言われて舐められた? うわー、そりゃあギルティですねえ。逝ッテヨシ!
男が気絶というか悶絶してるのを尻目に私たちは入口に向かって走り出した。指示された方には裏口があるけど、そっちに行けば衛兵さんたちとは会わないかもしれないからね。
入口近くまで来ると、劣勢に立たされているチンピラ共と、さすがに統率が取れていてジリジリと追い詰めている衛兵たちが居た。衛兵たちの後ろにもヤッピの姿は無い。家から出して貰えないのかな?
「あっ、てめぇら、出て来やがったのか!?」
「ちくしょう、トビーの野郎、しくじりやがったな!」
しくじるのはトニーのやつだってコルトが黒くて光るパスポートの人が言ってたんだけど、この世界ではトビーの様だ。という事は衛兵のトップはスタッガーリーさん?
「おお、君たち、良くぞ無事で! もう安心したまえ。このスターリング、全力で君たちを助けるからな!」
スタッガーリーじゃなくてスターリングだった。かみさまありがとう、ぼくにともだちをくれて、なのかな? とてもじゃないけど線の細い少年には見えない。時の流れが残酷なのか、それとも名前だけが同じだけなのか。まあ後者だろうけど。
「くそっ、おい、こっちへ来い!」
ぱっと男に手を取られて連れて行かれる三人組の一人。気が逸ったのか、私よりも前に出てしまっていた。
「きゃあ!」
「ミリー!」
ええと、ミリーちゃんと言うそうだ。そういえばみんなと自己紹介もしてなかったな。私も名乗ってない気がする。ヤッピしか知らん。
「へっへっへっ。形勢逆転だな。おい、てめぇらも適当にその辺の女連れて逃げろ!」
衛兵がこちらに踏み込んで来ようとしても、ミリーの首筋にナイフが当てられており、なかなか手出しが出来ない。これは、私が動くしかないな。よし、じゃあまずは障壁をこの辺りに張って……ゴーだ!
私は転移でミリーの傍に寄ったそして「手!」と叫んだ。ミリーは慌てて手を伸ばす。私の手に触れると私は迷わず転移を敢行した。ミリーを掴んでいる男も一緒に。
転移先は、衛兵たちの後ろ。少し地上から離れた場所だ。当然ながら空中に出るので、そのまま地面に落ちる。ミリーを地面にぶつける訳にはいかないのでお姫様抱っこで抱き抱えて落ちる。
私は空中に出る気満々だったので着地の余裕があるが、男はそうはいかない。消えたと思ったら地面が下にある、空中に浮かんでいる。これで慌てなかったら大したタマである。一廉の人物にはなってるだろう。
「うわっ、お、落ちる!?」
ドサッと地面に落ちた男を衛兵たちがぽかんと見ている。何が起こったか分からないよね、わかります。
「かっ、確保!」
それでも衛兵の方が正気に戻るのは早かったみたいで男は衛兵たちに取り抑えられた。私はミリーを抱いてそのままみんなの所に戻る。あ、ミリーさん、もう戻ったよ。
「怖かった、怖かったの!」
「あー、はいはい、うん、もう大丈夫だからね」
それで緊張の糸が切れたのかミリーがわんわん泣き出してしまった。それがきっかけなのかみんなもわんわん泣き出す。もう止められない止まらない。男たちは私の障壁を抜けなくて子どもたちには手が出せない。
ちょうどいい機会だから、みんなの治療をしておこう。緩やかに治癒をみんなに施す。栄養失調以上の怪我などはなくてみんな擦り傷切り傷くらいだった。やはり「商品」として手入れされていたのだろう。舐めるのは手入れじゃねえぞ?
「みんな!」
「あ、ヤッピ、ヤッピだ!」
「ヤッピお姉ちゃん!」
衛兵があらかた男たちを抑え込んだ辺りでヤッピが駆けてきた。やっぱり家に居るようにと言われていたのだが居ても立ってもいられず出て来たのだそうだ。
わんわん泣いてた子たちがヤッピの姿を見つけると泣き方が変わったので、ヤッピは子どもたちの精神的な支柱だったんだなと思ったよ。これにてコンプリートだね。
その後、私たちは衛兵たちに連れられてヤッピの父親の商会でご飯を食べてゆっくり眠ることになった。衛兵の詰所じゃなくて良いのかと思ったけど、子どもたちの事を考えてくれたらしい。えらいぞ、スターリング。