解毒(episode13)
ドーピングの解除にも魔法は役立ちます!
八洲八家はそのうち出て来ますので。
暗闇に光る私とメイの目。そして怯えて震えている男たち。何とこの部屋はジオラマ用の予定なので床は丸々水洗いできるようになってるそうだ。これで多い日も安心! 何が? 流血とか。
「さて、誰に頼まれたんですか?」
「しっ、知らねえ!」
「知らない、では通りませんよ? 曲がりなりにも八洲八家の古森沢に楯突いたのです。それなりの覚悟は出来てますよね?」
やしまはっけ? よく分からない単語が出てきた。もしかしてかなり大きな家なのかな? 貴族? この世界にも貴族居るの? まあメイドさんは居たけど。
「ぐぐぅ、八洲八家の古森沢でも分家の方と聞いていたのに何で」
「あら、情報収集能力はそこまで高くないお宅の様ですね。脳筋の伽藍堂か自己愛の妖世川……」
「誰が脳筋だと!?」
「あ、バカ!」
男たちのうちの一人、さすがにリーダーではなかったようだが、部下のひとりが反応した。
「誰が脳筋かはともかく、マヌケは見つかったようですね」
メイはニヤリと笑った。とても楽しそうだ。私は邪魔しない方が効率いいかな?
「確かに我らは伽藍堂の者よ。しかし、バレたからには奥の手は使わせてもらうぞ!」
そう言ってリーダー格の男が奥歯を噛み締める動きをした。身体が脹れあがり、縛っていた縄がブチブチと切れていく。
「ふう、身体に負担がかかるから使いたくはなかったが、やむを得んな。こうなれば貴様らごと殺してくれる!」
そう言って男、いや、筋肉ダルマは吠えた。これは、もしかしてピンチというやつだろうか?
「〈強化〉」
とりあえずこっそりと強化の呪文は唱えておく。筋肉ダルマは思いっきり振りかぶって、私に殴りかかってきた。受け止める? いいえ、万が一もあるので頑張って避けます。
「ほほう? 武の心得はあるようだな」
ふしゅるるるーみたいな息を吐き出しながら筋肉ダルマは言います。メイは……離れてないのか。もしかしてメイにも何か武道の心得でも?
「ティア様」
「様付けに戻ってる!?」
「失礼、ティア。あの、実は、足がすくんで動けなくて。どうしたらいいでしょうか?」
うわぁお。実は強いとかそういう事は無いの!? ま、まあ、単なるメイドだもんね。普通は鍛えてないか。
私は改めて筋肉ダルマの前に立つ。メイが逃げられない以上は立ち向かうしかない。
「無駄だ無駄だ無駄だァァァァ!」
持ち前の筋肉を活かして攻撃を加える筋肉ダルマ。まあ向こうは壊れてもよし、そのまま扉が開けば脱出するも良しということなのだろう。
「水門 〈水結界〉」
私は魔法を発動した。それは対象を水の結界で覆ってしまうというもの。突如現れた水に筋肉ダルマはびっくりしている。
「な、なんだこれは!」
「ふう、とりあえず封じ込めた」
中からバシャバシャと音が聞こえてくるが、水に拳を打ち込んでも流されるだけだよ。これはそういう結果になる。滝を割るような威力なら或いは。
「今のうちにメイは外に」
「ティアは?」
「私は、ほら、大丈夫だから」
「……わかりました。ご武運を」
そう言って扉の向こうへ去ってしまった。残されたのは私と筋肉ダルマ、それに転がってる部下たち。
「おおお!」
バシャーンバシャーンと水遊びしてるのがこちらにも伝わってくる。これはそのうち疲れてくれればいいのだけど、そういうのもダメかもしれない。
私の使えるのはあまり戦闘向きでは無いと思う。火門は苦手なんだよね。種火程度しか出来ない。もちろん冷やす方もダメだ。
森の中とかならまだ何とか戦いようもある。穴を掘ったりとか石を飛ばしたりとかね。でもここは家の中。それもほとんど何も無い部屋である。下手に落とし穴を空けることも出来ない。
となると私の身体を強化して、回復しながら戦うしかないんだけど……ん? 待てよ。さっきの奥歯を噛み締める動き、暗殺ギルドの人間が歯に仕込んだ毒を使う時のやつだ。昔うちに入った暗殺者が「もはやこれまで」とか言って自害した時の動きだ。
ということはもしかして……試してみる価値はあるのかもしれない。私は水の結界を解いた。
「どうやら観念する気になったか?」
「このままじゃ埒が明かないから決着をつけましょう。あなたと私のどちらが強いか勝負よ?」
「はっはっはっ、強化薬の力で常人の二十倍にまで膨れ上がったオレの筋肉に勝てるとでも思っているのか?」
どうやらその強化薬とやらに絶対の信頼をおいているらしい。でも、薬が相手ならやりようはある。
「ぐごらがあ! 死ねえ!」
殺す気満々ですか、そうですか。私はここで強化を速度に回す。
「金門 〈敏捷強強化〉」
素早く筋肉ダルマの拳をかわすと、背中に回り込む。そしてその背中に手を当てる。
「そこから発勁でも出すつもりか? 生半可な攻撃ではオレには通じんぞ!」
私は一か八かの精神で魔法を発動する。
「水門 〈解毒〉」
そう、あれだけの身体強化を及ぼす薬なら身体にはかなりの負担が掛かっているはず。つまり、薬も過ぎれば毒となるのだ。おそらくはあれは毒に分類されるはず。これは賭けだ。
「なんだぁ? 全然効かねえ……ぜ!? な、なんだこりゃ。オレの、オレの筋肉がァ!?」
筋肉がみるみる萎んでいく。無理に肥大化させられた筋肉が薬の影響を離れて元に戻ろうとしているのだろう。回復魔法だから筋肉を害するなんて事もない。薬の影響が無くなっただけだ。
「そんな、オレの筋肉……」
呆然としている元筋肉ダルマに私はスキあり!とばかりに後ろから肉体強化魔法で蹴り飛ばした。まあさっきの筋肉ダルマならまだしも、常人の筋肉でこれに抗えるはずもないよね。リーダーは転がってそのまま気を失った。
「はあ、やれやれ、何とかなったわ。メイ、終わったわよ」
「ティア、一体あなたは何をやったのですか?」
ドアが再び開き、そこにはやはり呆然とした顔のメイが立っていた。