第百十九話 受牢
ヤッピちゃんのイメージはキャットちゃん。
「あなたも捕まったのね」
薄暗い中から呼び掛けられた。ここの檻には何人かが纏まって入れられているらしい。私たちの間を隔てるものは薄暗さしかない。
「あな、たは?」
私は精一杯演技しながら尋ねた。だってもしかしたらこの子が内部スパイかもしれないからね。同じ境遇だと仲間意識を植え付けておいて、土壇場で裏切る。よくある手だ。
「私はヤッピ。一応商家の娘だったわ」
「過去形なの?」
「そりゃあ捕まってこんなところに放り込まれてるんだから「元」でしょう? どうせこの先に待ってるのは奴隷としての日々なんだから。労働奴隷なのか肉奴隷なのかは分からないけど」
そう言ってヤッピは自嘲した。頭の回転は早いし、度胸もある。胆力も申し分ない。他に牢の中にいる女の子たちはクスンクスンと泣いてばかりだ。いや、年齢的なものもあるのかもしれない。
「私はキュー、よろしくね」
「うん、まあ、よろしく」
ちなみに私たちが最年長で同い年くらいだと思う。ここに居るのは十代前半の女の子が多い。そういえばさらわれた名簿にヤッピの名前はなかった気がする。
「あなたはどこから来たの?」
「私はこのマリナーズフォートに居を構える貿易商の娘よ」
「えっ? それならあなたの家も奴隷貿易を?」
「する訳ないじゃない! うちは香辛料や布、ドレスなどの品物を輸出入してる商会よ。そんな貿易商の腐ったのとは一緒にしないで!」
「ご、ごめんなさい」
ものすごい剣幕に私はタジタジになりながら謝罪した。真っ当な貿易商なんかもいるんだなあ。
「おい、うるせえぞ! 何騒いでやがんだ! ぶっ殺すぞ!」
「おいおい、商品が欠けたらボスに殺されるのはお前だろうがよ」
「ちっ、そりゃあそうか。面白くねえ」
「ばーか、それよりもお前の番だぞ?」
「くそ、今度こそ、いいカードこい!」
見張りの奴らはどうやらゲームに興じているらしい。そりゃあまあここから出るための出入口はひとつしかなくて、そこに陣取ってるし、中にいるのは圧倒的に弱い少女たち。普通に束になっても成人男性には勝てないだろう。
私が催眠でも使えれば良かったんだろうけど、そんなに器用じゃない。
「ここに居る子たちはマリナーズフォートの子たち?」
「いいえ、マリナーズフォートの子なら私がある程度把握してるはず。恐らくは別の街から運ばれてきたんでしょう」
ヤッピはマリナーズフォートの見目のいい女の子は頭に入ってるらしい。スラム街は別らしいけど。
聞いてみれば、ここの商会は貿易で街に行く度にそこのめぼしい女の子たちを攫って売り飛ばしているらしい。ヤッピはそれを調べようとして捕まったんだと。なかなかにお転婆なお嬢様だ。
「ヤッピは戦えるの?」
「もちろんよ。貿易商の娘として木門の魔法には精通してるわ。目指すは伝説の冒険者にして海賊の嵐青の魔女様よ!」
嵐青の魔女様なら身重の体で旦那を折檻してますよ。いやまあ、とりあえずヤッピはそれなりに戦力にはなりそうだ。
「ヤッピ、この子たちを助けたとしてどこかに匿っておける?」
「えっ? 助ける方法があるの!? そ、それなら私の家の倉庫にでも入れれば問題ないわ」
ヤッピの家の倉庫かあ。残念ながら私には分からない。なので案内してもらおう。
「えー、それじゃあどこにあるのか教えてくれる?」
「助けることが出来るのかどうか教えてもくれないのね。でもいいわ。すぐに信用出来る訳では無いけどどの道ここに閉じこもりっぱなしだもの」
そう言ってヤッピは懐から羊皮紙を取り出した。あ、本当に羊皮紙です。二足歩行で雑食性の羊ではありません。
ヤッピが羊皮紙を広げるとそれは地図だった。この街の区画がいくつか描いてある地図。中心にこの商会があるということで、恐らくは忍び込んで悪事を暴くために彼女が用意してたのだと思われる。用意周到なのに捕まっちゃったんだね。
「ここが今いる商会、だと思う。もしかしたら私たちが運ばれてきた場所はここじゃないかもしれない。でも大して移動はしてないから近くではあるはず」
私は地図を頭に入れた。潜入工作に行く時は一分以内に地図を全て頭に叩き入れろと訓練されてたからね。というか転移能力持ってると空間把握がやりやすいから座標とか覚えるのが楽なんだよね。
「えーと、じゃあ、とりあえず場所の確認してくるね」
「あのね、あなた、ここからどうやって出るつもりなのよ。確認だなんてそう簡単に言わな」
うるさいのでそのまま転移。とりあえず私一人だ。何かあってもすぐに逃げられるように。一先ず上空に転移して下を見る。もちろん自由落下運動に抗うことなんて出来ないから落ちるまでの間に大体の位置を目視する。
大体の目視が終わったので転移で再び牢屋に。戻ったらヤッピが口をパクパクさせてた。あ、もしかしてご飯でも運ばれてきた?
「な、な、な、な、な、なんなのよ、今のはー!」
絶叫が牢に響き渡った。男たちがそれを聞き付けて駆け付けてくる。そこには叫んでいたけど、私に口を塞がれているヤッピととぼける私。
「なんでもありませーん」
「……ちっ、仕事増やすんじゃねえよ」
「すいません、気をつけます」
「全く……お、そう言えば気が付いたんだな」
「お陰様で」
私は不敵に笑う。
「下手に奴隷貿易の事を探るからこうなるんだ。バカな奴らだぜ。まあせいぜいいい買い手について貰えるように祈っとけや」
そう言って男たちは再び戻って行った。ヤッピは顔を真っ赤にしていたが、やがてその顔色も治まってきたのか青くなり、白く……あっ、ダメだ。チアノーゼになる。脳が、壊れる。
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ」
「いやー、すいません。こういうの慣れてなくて」
「口塞ぐのが?」
「はい、殺さないように口封じするのが」
「あなたね……」
心底呆れた顔をされた。まあ私の能力は見せてあげたので後は脱出するだけだ。と思ったらヤッピから質問された。いいでしょう? なんでも聞いてください。