第百十八話 捕縛
アイテムボックスに生きてるものは入りません。微生物は別。植物も別。もちろん死体も別。
船に乗って三日が過ぎた。板子一枚下は地獄みたいな話では無いし、私が落ちても地獄さイグ前に転移で帰って来れる。
どうやら航路のようなものが整備されており、よっぽどの災厄級の魔物でもない限り、よって来れない結界みたいなものがあるらしい。あ、魔物でない普通の魚は寄ってこれるってさ。
船に乗ったままなんて正直やることがないのでぼーっとする。幸い私は船酔いなんかしない体質なので調子を崩すこともない。そりゃあ転移の時にあれだけ縦横にシェイクされるのに今更船の揺れ如きでなんとかなる訳が無い。三半規管は丈夫なのだ。
旅の間の食事は釣れた魚を料理してくれることが多い。私は船旅なので果物を多めに持っていってる。ビタミンですよビタミン。アスコルビン酸だっけか? レモン一個に含まれるビタミンCはレモン一個分だぜ! 実際は四個から六個らしいけど。単位って不思議だよね。
コックさんは足技は使わないけど、バランス感覚がいい人で腕もいい。唐揚げが出てきたので私は自分のアイテムボックスからレモンを搾ってかける。
コックさんが興味本位で試したいと言うので一個あげたら食べて大歓喜していた。船員の皆さんのやつにもかけようとしたからそらはやめてあげてと懇願した。いや、私としては信じられないんだけど、八号みたいにレモンかけると食べられない子が居るんだよ。
この船員たちも好みが分かれて、だいたい七対三位の割合でかける方が優勢だった。何しろ八洲ではきのこたけのこ戦争の次くらいに論争が巻き起こる議題だ。ちなみに私はきのこ派だ。ティアは何派だろうか。小枝派とか言われたらまあギリギリ許す。
途中、歯ぐきから出血してる人が居て、船員が呪いだなんだと騒いでいた。そしてそいつを海に投げ込もうとしている。ちょ、まーてーよ! 確かにそいつは唐揚げにレモンをかけない派のやつだが、海に落とすのはあんまりだ。
私はレモンを絞り、砂糖を加えて飲みやすくしたレモンジュースを飲ませてやる。これを何日か繰り返せば治るはずだ。そう言ったら船長さんが「すげぇ、あんたは女神様なのか?」なんて言ってくれた。よせやい。あんなのと一緒にしないで欲しい。調和神様ならギリ大丈夫だけど。
更に一週間ほど船で過ごして船員さんたちとも打ち解けて来たくらいで陸地に辿り着いた。マリナーズフォートという港町なんだって。この国、海王国の貿易の玄関口なんだってさ。
下船して身分証を求められたので冒険者ギルド、商業ギルド兼用のギルド証と国王陛下の親書を見せたら居住まいをただされた。いや、立ってるから居住まいではないのか。なんかピシッとされた。これだな。
それから兵隊なのか騎士なのか分からない人につれられて、領主の館に通された。おー、まあ、一応使者だもんね。
「そなたがこの親書を持ち込んだものか?」
領主らしきデブが面倒くさそうに言う。私は知っている。こういうデブは無能で、邪魔ばかりしてくるって。
「はい、冒険者で商人のキューと申します」
「そうか。探したいなら好きにするがいい。交渉して取り返したくばそれも好きにせよ」
好きにしろ、ということは「私は関与してないから面倒事を起こすな」という意味らしい。ということはこの街中には居ないのかな?
とりあえず話を聞くために街中に出る。アンダーゲートの街に来ている貿易商はいくつもある。その中には今回の領主の交代劇を知らない人間も居たりする。わざわざ告知したりしないからね。
私が向かったのはそういったお店の一つだ。エイリークさんを取り扱っていた訳では無いが、そこそこの人数が輸出されていた。こいつは女の子専門だったみたいだけど。
「いらっしゃいませ、何かご入用ですかな?」
「ここに運び込まれた奴隷、返してくれない?」
「何を仰いますか。人聞きの悪い。どうしてそんな事になったのかゆっくり話を聞かさて貰えませんか?」
そんな風に受け答えしてくれたのは少し背が高く細目の柔和そうな男性である。いやもう細目って時点で怪しさ満点なんだけど。いや、ダメだ。ここは二次元じゃないからどこぞの三番隊隊長やら獣神官やらとは違うんだよ。
「まずは長旅お疲れ様でした。お茶でも飲んで一息ついてくださいな」
と言ってお茶を出された。いや、怪しさ大爆発だ。私は長旅をしてきたなんて一言も言ってない。辿り着く可能性があるのは、「長旅と称しても差し支えないところから仕入れてきたからそこから来たと推測」というところだろう。
私は迷わず口にお茶を入れる。うん、間違いない。遅効性の麻痺薬だろう。舌がピリッとした。いや、私には通じないけどね。散々薬物実現ならされてんだ。今更半端な毒が効くわけない。というか治癒もあるしね。
「それで奴隷、でしたかなうちどもではドレスの類は取り扱っておりますが、女性そのものはねえ。さすがに法に触れますから」
「それはおかしい。私は奴隷としか言ってない。なのに何故女性と断定を?」
もしかしてこいつは馬鹿なのだろうか? いや、違うな。聞かせても構わないと。お茶に入ってる麻痺薬でなんとでもなると思われてるんだ。ならはここはかかった振りをするのが得策。なんて言っても身一つあれば私は何とかなるからね。持ち物はアイテムボックスの中だし。
「ぐっ!?」
私は演技を込めて手に持っていたコップを取り落とした。そしてゆっくりと床に倒れる。
「あーあー、こぼしてしまってはしたない。まあ新たな商品が手間要らずで手に入ったということで良しとしましょうか」
そんなことを言っているのが頭上から聞こえてくる。なんか私が負けたみたいで悔しくなるが、今はそんなこと言ってる暇は無い。とりあえず売られた先をつきとめなきゃ。
私は数人の男に運ばれて地下の牢屋の様なところに入れられた。中には数人の気配がする。もしかしてまだ売られてない女の人だろうか。これはラッキー。いや、どうやって連れ出すかは問題なんだけど。アイテムボックスに生き物は入らないよねえ?