知性(episode117)
知性の試験の答えは最後の問題だけ考えてました。
前回のあらすじ。舞踏の妻大戦は本人たちの技量は甲乙つけ難かったものの、ファハド王子とギカールの修練の差によってファハド王子に軍配が上がるという自業自得な結果になりました。
「こ、こうなれば、正妃による知識の項目で決着をつける! いいな、親父?」
「お前に勝手に決める権利は無いのだが。まあそうだな。血なまぐさい闘争よりも知性で決着を付けた方が本人も納得するだろう」
国王陛下は明らかにため息をついている。これはギカールの目は無いと思ってるな。それでもギカールを推したいのか。バカほど可愛いというやつかもしれない。
斯くして、正妻による知性の項目での決戦が行われることに。これでラティーファさんが勝てば私はやらなくていい事になる。まあなんというか、せっかく修行したのは残念だけど、争わないに越したことはないよね。
司会者が双方の第三選手、正妻を呼ぶ。私たちの方、西側からはラティーファさん。日頃は架けない眼鏡まで装備してるのは知的アピールかな? あ、単なる近視ですか。
東側からはイウディさん。おでこがきらりと光ってる。手には書物を持っているのは頭いいアピールかな? さすがにカンニングとかは無いと思うのだけど。
「それでは知性の勝負を始める! 双方位置へ」
テーブルがドンと置かれており、その上に紙が何枚も載せられている。筆記用具もあり、これで答えるのだろう。問題をやってその点数で競うのだろうか。
「それでは開始の合図があってから問題を捲るように。出題は十問。では、開始!」
パラリと捲り、表になった紙に双方が答えを書入れていく。どちらもペンは止まったりしない。カリカリという鉛筆の音だけが響いていく。
ここからは何が出題されているのか見えないので、当然ながらどんな答えを書いたのかすらも分からない。私はやる事ないからジョキャニーヤさんの方を見る。このままだと出番がないかなと残念がってそうだが、ジョキャニーヤさんは楽しそうだ。なんか嫌な予感がする。イウディさんが勝つと信じてるのだろうか。
確かに、イウディさんは大学の花と呼ばれた才媛だという話だ。この大学、というのは八洲の大学と違う。この国に大学は一つしかなく、最高学府として選ばれし者しか入学を許されない。その中で才媛と呼ばれたとのことだ。並大抵の頭脳では無い。
順調に問題を解いていたイウディさんの手が止まる。思わず呟いた、「何よ、これ?」という呟きを私ははっきりと聞いた。イウディさんは思案に入ったが、その間もラティーファさんの手は止まらない。
いや、そのラティーファさんの手が止まった。おそらくは今までイウディさんがリードしていて、ラティーファさんか同じところに追い付いたのだろう。ラティーファさんも熟考に入った様だ。二人の鉛筆を動かす音が無くなり、静寂が辺りを包む。
イウディさんが再び鉛筆を取り、書き始める。そのまま凄い勢いで書いて終わりを告げ、終了。ラティーファさんは一向に書き進めようとしない。
「ダメだわ。私には答えられない。私はここまでね」
そう言ってそのまま終了を宣言し、答案を提出する。イウディさんの顔に笑みが点った。
係員が答案を回収し、点数付けが始まった。私たちは固唾を飲んでそれを見守る。と言ってもラティーファさんがギブアップした時点で、残りの点数勝負になるだろう。イウディさんは全部答えられたみたいなので、おそらくはその答えが間違ってなければ有利に運ぶ。
答案の採点が全て終わり、答案を見ながら国王陛下や各部族長などが話し合ってる。だが、特に議論とかは出ていない。これは満場一致ということだろう。
「第三の勝負、勝者はファハド! よって妻大戦はファハドの勝利とし、ファハドを王太子として定める!」
国王陛下から告げられたのは意外な結果だった。イウディさんは呆然としている。当然ながらギカールは納得いってないようで、イウディさんに詰め寄る。
「イウディ! 貴様、ミスをしたのか?」
「滅相もございません、殿下。私は全ての項目を埋めました。最後の問題だけは迷いましたが、私の全てを書きました。ラティーファは書いてすらいないと思います!」
イウディさんは半ば涙目だ。ギカールが血走った目で見てるから相当に怖いのだろう。
「ギカールよ、落ち着け。今どうなっているのかは説明してやる」
国王陛下が諭すように言う。ギカールは唇を噛みながらも大人しくなる。
「最後の問題まで、双方ともに間違いはなかった。語学、文化、算術、科学、マナー、海外情勢、全てにおいて互角だった。問題は最後の設問だ」
「それならば書いていないラティーファは」
「黙って聞け。設問はこうだ。もし、お主が女王として君臨するとしたら、まずこの国において改革するところはどこか。思いつく限りを考えよとな」
なるほど。自由筆記問題。答えがあってないようなものだ。あれ? でもそれでもイウディさんは書いたし、ラティーファさんは書かなかったよね?
「イウディはちゃんと書いたのだろう?」
「は、はい、この国に必要なインフラの整備や他国との関係、砂漠化の対策など、私の知識を詰め込んで」
イウディさんの答えはこれ以上無いと思うのだが、そこでラティーファさんが口を開いた。
「何を言ってるのかしら? この国に女王なんて位はない。考えることも烏滸がましいわ。妻は王である夫を立てるもの。夫に相談することも出来ないのに勝手に提言なんて出来ません」
それを聞いて私はハッとした。いや、おそらくはイウディさんもギカールもそうなのだろう。これは「答えてはいけない問題」なのだ。妻が自分の才覚に溺れ、政治に口を出して来ることがあるかどうかという。
いや、わかんないって! この国の風習かもしれないけど。そりゃあ昔の八洲でも散歩下がって夫の影を踏まずみたいなのが美徳とされた時代はあったけども。知性とはたくさん物を知ってる事では無いのだなと思わされた出来事だった。