第百十四話 代官
シャーロッテとアンナは幼なじみです。アンナの方が頼られる方。
「よし、トムスとやら。お前、この街の代官をやれ。これ、決定な」
「えっ、ええええええええええええ!?」
まあ気持ちは分かる。昨日まで一介の兵士でしか無かった自分に代官など勤まる訳がない。
「決定とは申されましたが陛下、オレは単なる兵士をまとめるしか能のない男です。それなら商業ギルドなり、冒険者ギルドなりの責任者に任せた方が良いのでは?」
トムスさんの言うことももっともだ、もっともなのだが……国王陛下はなんか言い淀んでる感じだ。
「冒険者ギルドと商業ギルドのトップに収賄などの疑いがある。というかもう疑いじゃなくて確定だ。どこまでも腐ってやがった」
吐き捨てる様に言われた。あー、そうか、街ぐるみで腐ってなきゃ輸出される際に誰か止めたか、他の商業ギルドなり、冒険者ギルドなりを通じて国王陛下に連絡が来てたかもだもんね。
トムスさんは黙っている。どうやらトムスさんも知っていた様だ。知ってても自分に火の粉が及ばない様に黙ってたのか、それとも自分の言うべきことではないと思ったのか。
「……そこまでご存知でしたのならは是非とも推薦したい者がおります」
「ほう? 誰だ、それは」
「船舶ギルドのギルド長の娘でございます」
なんかまた変なのが出てきそう。しかし、船舶ギルドねえ。なんでも冒険者ギルドや商業ギルドに倣って作られた組織で、この街独自のものらしい。じゃあ船舶ギルド長でええやんと思ったら、ギルド長はとにかく航海を愛する男で、地上になんか居られるかなどと言って船の上で暮らしてるらしい。
カリスマだけはあるようで多くの船員が「名誉船長」みたいな感じで呼んでるんだと。じゃあなんで娘なんだというと、その船舶ギルドの事務仕事を一手に引き受けているのが娘なんだそうな。元々は母親がやってたが、現在妊娠中で娘が代わりにやって制度改革をしたらしい。凄いね。
「なかなか凄そうな娘だな」
「はい、ただ……」
「なんだ?」
「女ですので色々と不都合があるかと」
「よい! 男だろうが女だろうが使える人物は使う。これがオレのやり方だ。じゃなきゃあ最初からヒルダ嬢を推薦したりしねえよ」
「私はテオドール様のものですので最初から推薦しないでください」
国王陛下の豪快な物言いにしれっと突っ込むヒルダ様。うん、まあ、ヒルダ様はそれでいいと思うよ?
「あたいになんか用って聞いたけど?」
現れた娘は身なりがこう、男性っぽいというか、辛うじてスカートは履いているものの、その下にジャージのようなズボンを履いている。背は低い。私よりもかなり。もしかして身長は百五十ないくらいじゃないだろうか。頭に海賊帽というかそんな感じの帽子を被ってて、ジャケットを着ている。これで手にマスケット銃でも持ってたら女海賊一丁上がりだ。
「お主が船舶ギルドのギルド長の娘か?」
「そうだけど? まあシャーロッテっていうんだ。よろしくすっかはわかんねえけどよ」
「お前、オレはこれでも国王だぞ?」
「はっ、知らねえよ。陸にいるやつの事なんて海の人間にゃあ関係ねえ」
どうやらこの娘、国王陛下の事をなんとも思ってないらしい。いや、私もなんとも思ってないんだけどさ。
「ふむ、なるほどな」
「そんで、なんで領主の館に呼ばれてんの? あたいを国王陛下にでも差し出すみたいな話にでもなったのか?」
「領主は弾劾した。今、余罪を追及中だ」
「はぁん、やっとかよ。こっちに火の粉が飛んでこねえうちは無視してたがその内戦争でもしようとは思ってたぜ?」
「領主のやる事に異論は挟まなかったのか?」
「挟めるわけねえだろ。こっちは海の事しかやってねえんだ。出来ることと言ったら奴隷として載せられた奴らの行き先を残しておくことぐらいだ」
その言葉を聞いて驚いた。いや、確かに船舶ギルドがあると聞いた時からそういう書類がないかを調べてもらうつもりではいた。それが手間が省けたというかなんというか……
「その件かと思って一応主な行き先をまとめておいたぜ」
そう言ってシャーロッテはヒラヒラと紙を取りだして見せつける。国王陛下の文官が慌ててそれを受け取り、目を丸くする。
「時期、出航先、船主、実質的な持ち主、契約してる貴族、全部揃ってるはずだぜ」
時系列順に並べてあった。古いのからコツコツまとめてたんだろう。どれも外国だが、手が届かない場所では無いみたいだ。
「これは、君が?」
「あたいじゃねえよ。ママ……いや、母さんがやってたのをまとめ直しただけだ」
あ、この子あれだ。可愛い系だけど、お母さんの代わりだから頑張ってる感じの子だ。ママって言ってたもんね。いや、あれか。海賊の女頭領もママって呼ばせてる可能性もある。ビッグマムとかあったもんね。
「おい、ここにエイリークの名前があるぞ?」
テオドールが教えてくれた。そこを見ると確かにエイリークという名前が載っていた。日付は三ヶ月前だ。
とりあえず慌てて転移でアンナを呼んできた。アンナは書類を見せて、とひったくるようにしてそれを読んだ。
「シャロ! あなた知ってて言わなかったの!?」
「い、言えるわけないじゃない。アンナは領主の館に連れてかれちゃったんだもん」
あれ? アンナとシャーロッテは知り合いなのかな? しかもアンナの方が偉そう。
「で、シャロはなんでここに来たの?」
「いや、それがね、私もまだ聞いてなくて」
あれ? 一人称まで変わったぞ? もしかして今までのってお母さんの真似をして蓮っ葉な演技してたとか?
「うむ、シャーロッテよ。お主、この街の代官をやらぬか?」
「はぁ!? えっ!? なんで!? いや、あたい、私、あたい、私……」
「はい、落ち着きなさいシャロ」
「だって、アンナぁ……」
どうやら泣きが入ったようです。なので、私からの提案をしておきましょう。
「国王陛下、代官はひとりじゃないとダメですか?」
「んん? そんな事はないぞ」
「なら、アンナも代官にしましょう!」
「えっ、ええええええええええええ!?」
アンナの絶叫が響いた。