第百十一話 踏込
シンターはチャラ男。ハゲオヤジはそっち系の学年主任のハゲみたいな顔のヤツ。
門の外のテオドールと接触して関係を疑われても面白くないので高みの見物と致しましょう。幸いにして宿屋を取り囲んでいた兵士たちは少数を除いて正門の方に行ってしまった。
私も転移で正門へ。あ、障壁は最低限張ってあるから突入される事はないと思うよ。
正門の前でハゲのオッサンがテオドールに何者かと声を掛ける。まあそりゃあそうだ。いきなり街の前に武装した兵士がいて、その兵士たちは公爵家を名乗っているのだ。いくらなんでも唐突過ぎる。宣戦布告の手紙が届いているならまだしも、領主はそんな事言ってなかっただろうし。
「私はリンクマイヤー公爵家の嫡男、テオドール! 領主殿はご在宅であろうな?」
「あ、いえ、そのう、しよ、少々お待ちください!」
「かまわん。通してもらえれば直接館へと伺おう」
「あの、兵も一緒に、ですか?」
「無論だ」
ハゲオヤジは顔色を青くさせている。つまり、都市の中に兵を入れろって言ってる訳だからね。
「あ、あの、それは、領主様に伺いを立てねば」
「ほう? ならば私を兵たちから引き離して連れて行こうというのかね? 何か私を弑そうとでも考えているのか?」
「そ、そのような事は。ですが、兵士たちの数があまりにも多く……」
「貴様は私にはこれほどの兵に守られる価値もないといいたいのか? 分不相応だと?」
「い、いえ、決して、決してそのような事は!」
完全にテオドールのペースだね。いや、実際、ここまでの兵士に守られる様な価値なんかないでしょ。実際には違うけど、噂的には商家に押し入りとかしてるって話まで流れてるんだし。
だとしても本物のテオドールを前にして、そんな事は言えないだろう。何しろ、テオドールには覇気がある。兵を統率してあまりある、歴戦の勇者の覇気だ。下手なことを言えば街ごと滅ぼされかねない。やらないだろうけど。
「ならば通るぞ?」
「……わかりました。その代わりお供として我らをお連れください」
「ふむ、よかろう」
結局、大分譲歩したのか、兵士たちはそのままで目付役としてハゲオヤジが就くことになったみたい。開門された正門からテオドールが堂々と入り、兵士たちが続いていく。
街の大通りに差しかかると、住民たちが怯えた表情で兵士たちを見てる。それはそうだろう。武器を持った、友好的でもない、大集団なのだ。
「兵たちに告ぐ! よもや、オレの配下にそんなやつはいないと思うが、民間人からの略奪、殺人などを行った場合、オレ自らが首を撥ねてやる。いいか? 民間人には手を出すんじゃないぞ!」
「はい、分かりました!」
テオドールの言葉に全軍が唱和した。街の人達は幾分かほっとした顔を見せていた。小さな女の子がテオドールに向かって手を振っていたが、テオドールは振り返すことも無く。スルー。あー、そこで手を振り返してにっこり笑うなんてエドワード様みたいなことしてればねえ。
「ここがあの男のハウスだな」
「まあ領主館ですね」
「よし、では、領主殿にお目通り願おうか」
テオドールが大音声で口上を述べようとした時だった。三階の窓が開き、そこから領主が顔を出した。
「私がこの街の領主、シンター・アンダーゲートだ! 爵位も貰っていない公爵家の倅がわが町に何の用だ?」
なんか偉そうにしてるが、社交界では実際に爵位を持っている男爵の方が偉かったりするのだ。だが、それは個人の話。家同士の話になれば立場は逆転する。
「これはオレ個人の判断ではない。公爵家としての判断だ。貴殿に我が妻、ヒルダより書状を渡しているはずだが?」
「ふむ、本物か偽物かわからん手紙のことですかな?」
「貴様はどこまでとぼけるつもりだ? 封蝋には公爵家の紋章が刻まれていたのだぞ?」
「はて、どうでしたかな?」
飽くまでシラを切るつもりのようだ。シンターというクズ野郎は逃げ切れると思っている。そうは問屋がおろさない。
「心配するな、すぐ分かる。魔道士よ!」
列の後ろから魔道士が出てきて何やら唱える。シンターの後ろから光が迸った。
「やはりな。捨てていたらどうしようかと思ったが、さすがに捨てられなかったか」
「バカな! 確かに捨てたはず……」
おや、シンターは捨てたと思っていたのに部屋にあったとは。これは屋敷内の誰かがそういう風にしたのかな。まあ好まず働いてた人は多そうだもんね。
「そこだな。よし、今すぐ降りてくるならばよし、そうでないならば踏み込んで調べさせて貰う」
「お、横暴だ! なんの嫌疑で我が屋敷に踏み込もうと言うのだ!」
「公爵家に対する反逆行為、ひいては王家の決めた身分に対する不満による叛意の疑いだ」
反逆行為、そして叛意。どう考えてもお家取り潰し一択そうな罪状である。いや、疑いくらいならまだ助かるかもしれないが、ヒルダ様も手篭めにするみたいなことを言ってたもんね。
「そ、そのような事は……そうです、証拠、証拠はあるのですか!?」
テオドールは黙り込む。まあ証拠なんてないよね。さっきの手紙は弱いし。読んだことは分かっても叛意を持ってた事なんて証明出来ないからね。ならば私の出番だ!
「テオドール……様、私が証人です」
「ひいっ!?」
領主が思わず顔面を抑えた。テンカウントは聞かせない。テオドールは呆れた顔をしている。あれはきっと「出てくるのが遅いぞ」って顔だろう。もしかしたら「この野郎に何をやったんだ?」の方かな?
「……キューよ、お前はこの期に及んでオレの名前に「様」をつけるのを躊躇うのだな」
「あ」
いやまあテオドールはテオドールじゃん? まあそこは後で謝ろう。
「領主様、昨日ぶりです。キューですよ」
「きっ、きっ、貴様、良くもこのオレを踏み台にしてくれたな!」
激昂するのはいいけどテオドールもここにはいるんだけどな。まあその方が都合がいいから何も言うつもりはないけどね。
「さて、それじゃあ捕物といきましょうか」
「させるか! 者共、出合え!」
シンターの言葉にその辺に隠れていた兵たちがワラワラと出てくる。マジでやる気の様だ。