力試(episode110)
ワーヒドゥ=1
イスナーン=2
サラーサ=3
アルバァ=4
「ハリードだと手加減しそうね。ラシードはいるかしら?」
「はっ、ここに」
ラシードと呼ばれた男、頭にターバンを巻いた五十近いおっさんだ。髭が生えてるのはチャームポイントだろうか。
「アイーラ隊のメンバーを招集しなさい」
「はっ!」
ラシードが号令をかけるとその辺で訓練をしていた兵士たちが一斉に集合して見事に整列した。小さく前ならえしたみたいな均等さだ。
「誰かこの者の相手をしなさい」
「姫様、相手はそちらの女性でいいのですか?」
「そうよ」
姫様、とはラティーファ様のことだろう。ラティーファ様が答えてるし。いや、今は同じ妻の身分だからラティーファさんの方がいいのか。思わず姫様って言うから様付けちゃった。
「オレがやりましょ」
「ずりぃぞ、あんなおっぱい大きい美人、オレが相手してぇわ」
「おいバカ、ありゃあ皇子の奥さん候補だろ?」
「いやいや、練習中の役得なら何も言われんだろ」
何やら誰が相手するかで揉めてるみたい。人数的には、いち、にい、さん、よん、四人か。
「いいですよ。四人でかかってきてください」
私の言葉に男たちはびっくりして、やがて大笑いし始めた。
「威勢がいいお姉ちゃんだぜ。こりゃあ参った」
「なんだ? 四人がかりでやられるのが好みか?」
「おいバカ、だから皇子の婚約者候補だって……」
「オレたちをコケにしたんだ。どうなるかは身体で覚えてもらった方が良くねえか?」
そんな四人を見てため息をついていたのはハリードさんだ。
「お前ら、茶化すのは構わんが、どうなっても知らんぞ? オレでも彼女に完勝出来る自信はない」
完勝出来る自信が無いってことは、勝利そのものはそこまででもないと言いたいのかな? まあ確かに魔法無しだと私の方が弱いけど。
「へぇ、そんなに言うならこの女に勝ったら皇子のボディガードをオレに譲ってくれんのか?」
「構わんぞ。出来るならな」
「よし、その言葉覚えたぞ! 我が名はワヘド! 砂漠に吹く一陣の砂嵐、猛り来るう暴風、砂の悪魔、砂漠の虎、巨躯なるサソリ……」
そんな事を喋りながらこっちに歩いてくる。どうやら一人でやるつもりらしい。アイコンタクトでファハドさんに目配せをしたら思いっきりやっていいと頷いてくれたので遠慮なくいこうと思う。
戦闘において、初手を取るには相手の間合いに踏み込むこと。その際、どんな攻撃パターンで、なんて考えながら突っ込む人と、とにかく一発当ててから考える人の二種類がある。私はいつもは前者なのだが、今回は模擬戦ということで後者でいく事にした。
左の足を踏み込んでそれをバネに相手の右側面に回り込む。すれ違いざまに相手の脇腹にボディブローを叩き込む。拳での打撃とはいえ、強化魔法で拳は包んである。
「グェガヮラゴグェ!?」
拳がちゃんと入ったのを確認すると、ワヘドとかいうやつは転がりながら倒れ込んだ。なるほど、擬態というやつか。虎やサソリが擬態するのかは分からないが、悪くない手段だ。
私は油断なく構える。武器は持ってないので素手で、しかもボクシングの様にパンチを打てる姿勢で待ち構えることにした。
十秒、立ち上がらない。二十秒、擬態は続いている。三十秒、随分と用心深い、四十秒、動く気配すらない。これは我慢勝負かな。
「それまで。ワヘドを運び出せ」
あれ? もしかして私、やっちゃいました? あ、いや、別に言いたかったわけじゃないけど、言いたくなったんだ。正直、転生物の話でなんでこんなこと言ってんだって思ってたけど今なら気持ちはわかるよ!
「ちくしょう、良くもワヘドを! イスナン、サラーサ、やるぞ!」
「わかったぜアルバ」
アルバと呼ばれた男が号令を掛けて残り二人を動かす。どっちがイスナンでどっちがサラーサか分からないけど、横に回って私を三方から取り囲もうとする。
実際、三人一組で当るのは間違った戦術では無い。新撰組でも三人一組で活動していたというし、どこぞの忍者漫画でもスリーマンセルが基本だった。白眼とかかっこいいよね。
「我らアイーラ隊の地獄の壁、抜け出た者はまだ居ない!」
「いや、そんなことはあるまい」
やる気に満ちたそのセリフをハリードさんが否定していく。あー、ということはハリードさんが抜け出したんですね。あ、叩き伏せたから抜け出してはいない? 揃う前に叩いた? なるほど。
「三方向からの波状攻撃、貴様にかわせるか!」
波状攻撃、と言っているが斬りかかってくるタイミングが全く一緒なんだよ。ここは普通に交わしていいのかな? 私はすっとそのまま後ろに下がる。後ろに下がっても攻撃は止まらない。確かに波状攻撃だ。というか攻撃のテンポがそれぞれ違うから結果的に波状攻撃になってると言うべきか。
そんなことを考えながら下がってたら壁に追い詰められた。いや、壁まで誘導させてもらったという方がいいのかも。
「バカめ、逃げ道はないのだ」
「これでおしまいだな」
「覚悟せよ!」
「とわぁー!」
三人の声がハモるように同じタイミングで斬りかかって来た。私は一瞬だけ強化魔法で加速し、三人を背後から殴り飛ばした。
「グギャッ」
「おぶっ」
「ハギャア」
背中を押された形になった三人はそのまま顔面を壁にぶつけて気絶してしまった。やり過ぎたかな?
「ふむ、さすがだな。ハリード、どう思う」
「見事な技かと。なんなら本気の一割も出していないでしょう」
「確かにな。我々を守ってくれたアレを見せてないからな」
ファハドさんとハリードさんの評価はまずまず。まあ魔法のことは知ってるからそんな感想にもなるでしょう。
「ラシード、どうですか?」
「確かにお強い。私でも勝てるかどうか。やつらはお調子者だが、実力はそれなりにありますからな」
ラシードさんは髭をいじりながら笑っている。でも目は笑ってないね。勝てないとは思ってないみたい。
「良いでしょう。実力は見せてもらいました。あなたを歓迎しますよ、ティア」
ラティーファさんがにっこりと微笑んで、他の二人の妃も合わせて微笑んだ。