第百九話 登城
答え合わせまでいかんかった!
テオドールはすぐさま軍備を整えると、私の転移ではなく、堂々と進軍を始めた。目的地はアンダーゲート。いや、何がどうなった?
「お前は分からんでもいい。書状を認めたので一通を王都の国王陛下にお渡しし、もう一通はアンダーゲートの領主に叩きつけてやれ」
「いや、私が国王陛下に会うのってできるの?」
「公爵家の紋章を使えば良い。責任はオレが取る。まあ親父殿が出てくるかもしれんが問題なかろう」
なんだかむちゃくちゃを言っているが、「あの宿屋の母娘を助けたくは無いのか?」などと言われては動くしかない。私は転移で王城に入り込んだ。
で、まずは門の前で許可を貰って中に入ろうとしたわけだ。
「何やつだ、怪しいヤツめ!」
門番に誰何の声をかけられた。まあそりゃあそうか。
「怪しいものではありません」
「怪しいヤツが自分のことを怪しいなどと言うか!」
「それはごもっともですが、公爵家より急ぎの書状を持って参りました」
「なんだと? 見せろ!」
門番は私の手から書状をひったくろうとした。いや、さすがに公爵家の書状を門番なんかに改めさせるわけないじゃない。もっと偉い人を呼んできなさいよ。
「渡せないというのか? ますます怪しいヤツ!」
そう言いながら腰の剣を抜いた。いや、待って!? なんでそこで剣を抜く必要があるの?
「女がこんな時間に王城に入ろうとするわけが無いからな。たっぷり取り調べをしてやるぜ! その前に手足は縛っとかねえとな。安心しろよ。楽しんだあとはその辺に落ちてたって言って手紙は陛下に渡してやるよ」
あ、ダメだこいつ。私を手篭めにするつもりだ。あれだ。エッチなことするつもりですね、えろどうじんみたいに!ってやつだ。この世界にエロ同人はないだろうけど。って元の世界でも私は見た事ないよ。本当だよ! だって、研究室に届けてもらう訳にもいかないじゃん!
「抵抗しなけりゃそこまで痛くはしねえかれよ。大人しくしとけ」
ちなみに今の時間は深夜である。当然ながら国王陛下もお休みの時間だ。だから門番も油断してるというか仕事増やしたくないんだろう。まあそれは分かる。だから明日改めて来てくれとかならまあ理解は出来たんだけどね。
私は細かい転移で相手を翻弄しながら門の外まで誘導する。非常時には跳ね橋が畳まれるはずだが、今は降りている。跳ね橋というからには下には川が流れているのだ。私が誘導した先はその川である。当たりそうで当たらない位置で挑発し、最後にギリギリ届く位の間合いで空中に一瞬だけ転移。
「そこかぁ!」
門番の男は私の姿に飛び込んで行き、そのまま川の中へダイブ。この季節の夜の川はかなり冷たいと思うけど頑張って欲しい。あ、着てる鎧が邪魔にならないといいね。
私はそのまま門の中に入った。失礼しますよっと。王城の中は静まり返っていた。時折、軽装の騎士が見廻りてもしてるんじゃないかと警戒はするものの、その姿もない。私は何も言わずにそのまま謁見の間の方をめざして歩みを進めた。
「おい、貴様、何をしている」
ものすごい低く圧のある声を叩き付けられた。巨漢。グスタフさんよりも大きい。金属鎧は着ていないがまるで着ているみたいな筋肉だ。手には何も武器は持っていないが、拳を握り締めれば賊の一人や二人は吹き飛びそうだ。
「あ、私ですか?」
分かっちゃいるけど言い返さねばいけない気がした。いや、私の姿が見えてなければ良かったんだけど。さすがに透明化みたいな能力は持ってないからね。
「他に誰がいる。こんな夜半に王城に何の用だ? 事と次第によっては」
「あ、いえ、その、リンクマイヤー公爵家のテオドール……様より、手紙を国王陛下にお届けしろ、と」
「ふむ、テオのやつが?」
あ、この人テオドールの知り合いなのかな? 表情が和らいだ気がしたよ。
「テオドール……様とお知り合いですか?」
「うむ、剣を教えた事もあるし、何よりやつの父親である現リンクマイヤー公爵は友人なのでな」
「そうなのですか」
「なんなら今王城に来ておるぞ。呼んでやろうか?」
えっ、公爵様、王城に来てるの? あーまあ、居てもらった方が都合がいいかもしれない。
「あ、国王陛下に手紙をお渡ししますのでその場に呼んでいただければ」
「ふむ、わかった。ならばしばし謁見の間にて待ってもらおうか」
そう言って男は私を謁見の間に通してどこかへ消えてしまった。明かりの消えた部屋に女の子を一人にするんじゃない!って思ったけど、もしかして明かりの点け方知らなかった?
その後、部屋にメイドさんが入ってきて、慌ただしく魔法の灯りを点し始めた。心做しか部屋が暖かくなった気がする。
「国王陛下の御成」
いつの間にか来ていた文官らしき人が言うと国王陛下が姿を見せた。格好は寝巻きだ。
「よう、久しいな。別荘の住み心地はどうだい? そのうち遊びに行こうと思ってたんだが時間が無くてなあ」
「えーと、ご無沙汰しております。お陰様で快適に過ごさせていただいてます」
大して使っては無いんだけど、その辺はスルーだ。いや、だって、旅に出る方が多かったしね。
「まあそのうち二人もおっつけ来るだろうからそれからだな。手紙持ってきたんだろう?」
「あ、はい、こちらに」
そう言って私は手紙を渡す。ちょうどその時にきちんと正装したリンクマイヤー公爵と、さっきのおじさん。こちらはきちんと鎧を着ている。そして眼鏡の神経質そうな宰相閣下。宰相閣下は私を見るなり「またあなたですか」みたいな視線を向けてきた。
「おお、キュー殿。息子はしっかりやってますかな?」
「あ、はい。その息子さんから手紙を預かってきまして」
国王陛下は三人を見るとニヤリと笑って手紙を見せた。手紙を見た三人の顔は三者三葉……いや様か。リンクマイヤー公爵はびっくりした顔で、鎧のおじさんはたいそう楽しそうな顔で、そして宰相閣下は苦虫を噛み潰したような顔だった。国王陛下は、鎧のおじさんと同じように楽しそうな顔をしていた。