第百八話 爵位
貴族の関係って面倒くさいですよね
寝不足だからか、不機嫌なテオドールを何とかなだめてヒルダ様を呼んでもらった。ヒルダ様はなんかスケスケネグリジェで私のいる部屋に来たんだけど、何があったのかは聞かないでおこう。
「……それで、何の用ですか?」
機嫌悪いなあ。こっちは恐らくテオドールとの蜜月でも想像してたんだろう。邪魔しようとしてした訳じゃないからね。
「実は……」
かくかくしかじかまるまるさんかくさんかくと説明をして、一生懸命逃げて、宿屋を経営してる一家のところにアンナを預けてここまで来たというところまで来た時に、テオドールが口を開いた。
「それで貴様らはオレにどうしろと?」
「いや、決まってるじゃない。あの街の領主をとっちめるんだよ」
「ふん。馬鹿かお前は。貴族のことが何も分かっておらん」
「えっ!?」
まさかテオドールに馬鹿なんて言われるとは思っていなかった。というか、確かに貴族のことは分かってないけど、明らかにやっちゃダメな事をやってるじゃない。取り締まればいいでしょ?
「事はそう簡単なことではないのだ。ヒルダ、説明してやってくれ」
「はい。キューさん、まずひとつに、身分の差があります」
「身分の差?」
いや、私にだって分かるよ。男爵って貴族としても下の方でしょ? 公爵は貴族としては最上位じゃない。それなら公爵の方が偉いんだもん。
「確かに公爵位と男爵位でしたら、公爵位の方が遥かに上ですが、テオドール様はまだ公爵家を継いでおりません。この意味がわかりますか?」
全然分からない。私は雰囲気で話を聞いている。
「……その顔は分かってませんね? まあ庶民には貴族の慣習は分からないでしょうが。いいですか? 要するに爵位持ちか、そうでないかです。テオドール様は公爵家の跡取りですが、まだ爵位はありません」
まだ爵位を持ってない? それなら平民と同じ扱いになるってこと?
「いえ、貴族の家族ですからそれなりのものは与えられますが、貴族ではないので、どちらが偉いかと言われたら、実際に貴族位を持ってる方です」
公爵子息と男爵なら男爵の方が偉いってこと?
「順序的にはそうです。それでも表面的には聞いてくれるのは本当に公爵が出てきたら自分がどうなるか分からないからです」
ああ、成犬が虎の子供いじめて遊んでるところに親の大虎が現れたら終わるもんね。
「もうひとつは、この事件が他のどこでもない、男爵の領地で起こったということ」
確かに男爵の領地で起こったんだけど、それが何か問題なんだろうか?
「我々貴族は形式的には王家より土地を拝領し、運営を任されているのです。実質がどうとかはともかく、建前というやつですね」
あー、まあ公爵領もその例外では無いし、領内で起きたことについては領主が責任を取るんだよね。
「その通りです。ですから、領主からの要請がない限り、領政に他の領主が意義を唱える事は出来ません。出来るのは王家だけです」
なんでも特に高位の貴族は横紙破りをして領主を放逐し、傀儡政権にしようとするのを防ぐために自重しているのだとか。高位貴族も楽じゃないよね。
「じゃあテオドールじゃあ何も出来ないって事? ヒルダを手篭めにするとか言ってたのに?」
「その件については非常に腹立たしいし、殺してやりたいとは思うが、実行に移してない以上はどうにもならん」
「テオドール様……」
殺してやりたいって言われて目をうるうるさせるヒルダ様。うん、殺す対象じゃないからいいけどなんか歪んでんなあ。いや、歪みねえのか?
「お前に出来るのはそのもの達をこの領地に連れて来る事だな。ここに来ればなんとでもしてやれる。向こうから領民を勝手に移住させるなと来るかもしれんが、それくらいなら「お前の領政が悪いから民が離れるのだ」とでも言ってやればいい」
あれぇ? なんかテオドールの頭が良いように見えてきた。剣を振り回すしか取り柄のない子だと思ってたのに。おっかさん、嬉しいよ。誰がおっかさんか!
「それはダメだよ。その一家は向こうで宿屋をやっててお客さんも沢山いるんだ。それを捨てては行けないし、第一、行方不明のお父さんが帰って来れなくなっちゃう」
「父親のエイリークは駆け落ちしたんだろう?」
「いえ、多分駆け落ちじゃないと思います。さらわれたか避難してるか」
「なんでそれが分かるんだ?」
「あんな美人の奥さんと可愛い子供たちが居るのに浮気するはずない!」
私が確信めいて言うとテオドールはニヤリと笑った。
「わからんぞ? 男はすぐに目移りするからな。美人は三日で飽きると言うし」
「……テオ?」
「い、いや、違う、違うぞ、ヒルダ。オレは、誓って、おまえだけだ!」
ヒルダ様の目がすうっと細くなった気がした。あの夫婦喧嘩は後でやってくれませんかね?
「と、とりあえず、介入するためには何か策を講じないといけないんですね」
慌てて私が言うが反応は冷たい。
「だから介入しないでそいつらを連れて来い。そうしたらいくらでも助けてやれる」
「もう、せっかく公爵家を自由にしてやれるとまで言ってたヤツなのに」
「おい、待て。なんだそれは?」
テオドールの空気が変わった。あれ? 言ってなかった?
「あの、私を手篭めにして、公爵家を両方とも自由にしようと思ったんだって」
「……そうか。お前は両公爵家の恩人だからな。……いや、待てよ? ということは手紙にそれを書いていたのか、ヒルダ?」
「はい、もちろんです。ちゃんと封蝋にも公爵家の印章を使いました」
ヒルダ様の言葉を聞いてテオドールはニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。ヒルダは頭を下げている。肩が震えてるから笑ってんのかな?
「ヒルダ、お前、分かってて茶番に付き合わせたな?」
「テオドール様ならきっと気付くと思いまして」
「全く。これだから油断がならん。本当にいい女だよ、ヒルダ、お前は。おい、キューよ。お前の望み通りに介入してやるぞ!」
いきなり言われてポカーンとなってしまった。一体どうして何がどうなってんの!?