許嫁(episode108)
拝啓、で始まったのに敬具を付けてないのは、メアリーちゃんの勉強不足です。
出された料理は豆と肉が多かった。あ、私たちに配慮してか八洲の料理とか何故かハンバーガーとかステーキとかまであった。いや、確かに馴染み深いけど。
「お口に合いますかな?」
いやまあお口の方を合わせますけど。そもそも、この世界の料理は元の世界に比べて味付けが多彩だ。諾子さんの料理で慣らされた感はあるが、塩、胡椒、砂糖だけでなく、醤油、味噌、ソース、辛子など枚挙に暇がない。確か、料理のさしすせそとかいうのもあるらしい。刺身醤油、醤油、酢醤油、せうゆ、ソイソースだっけ? なんか違うような。
まあ私のいた世界の方は魔物肉とか魔力が豊富で美味しかったんだけど、味は塩ばっかりだったなあ。たまに胡椒? すごい高価だったから貴族くらいしか食べてないと思う。砂糖も同じ。砂糖の方が少し手に入りやすかったかな。はちみつで代用してたこともあったなあ。
「とても美味しいです」
「それは良かった」
ファハドさんはニコニコしながらこっちを見ている。
「ところでティアさんには心に決めた男性はいらっしゃいますか?」
ぶーって食べたものを吹き出すかと思った。いや、耐えたよ。ちゃんと耐えて心を落ち着けて咀嚼して呑み込んだよ。
「あ、あの、それはどういう」
「どうもこうも。我が国に王族の妻として来ていただきたいと」
びっくりである。一応とはいえ私は裕也さんの婚約者役なのだ。いや、この人には全部バレてそうだけど。というかバレてたな。
「おい、ファハド」
「安心したまえ。ちゃんとユーヤの婚約者じゃないというのは織り込み済みだ。」
まあ外交的にVIPっぽいから不思議は無いけど。あ、アンネマリーさんが口をパクパクさせてる。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あんた、ナジュド王国に嫁に、行くの!?」
「いや行かないけど。というかお断りします」
「何か理由でも?」
「結婚を考えてませんので。それよりも自由でいたいです」
「ふむ、なるほどね。それは残念だ。私の四番目の妻が見つかったかと思っていたのに」
四番目。あ、やっぱり王族だから妻は沢山いるんだね。まあそれを聞いても特に違和感はなかったけど、アンネマリーさんはなんか文句言ってた。
「四番目だと? 妾も妾じゃないのよ!」
「ミス、アンネマリー。我が国では四人の妻それぞれに平等に愛を注ぐように決まっている。四番目はむしろ最後の一人なのだから慎重に決めねばならないのだよ」
どうやら四人の奥さんに同じだけ愛を注がなくてはいけないらしい。特に王族はそうなのだと。国を治めるのにも平等をもってしなければならないから当然なんだって。
「なんか理由があるんですか?」
私は単なる好色以外の何かの匂いを嗅ぎとった。多分この話はこれだけじゃない。
「なかなか鋭いね。私には兄が居てね。まあこの兄がどうしようもないやつなんだよ」
そういえばアフマドという奴がハリードさんと切り合ってた気がする。そのアフマドが仕えてるのがファハドさんの兄であるギカールらしい。
「ギカールは顔も醜悪だし、根性も曲がっている。頭も良くないし、さりとて軍事的な才能もない。まあ一言で言うなら愚物というやつさ」
ファハドさんもなかなかに毒舌でいらっしゃる。で、そのギカールってやつが妻を四人娶ったそうだ。そして妻大戦を執り行うと。
妻大戦。それはナジュド王国に伝わる王位を争う儀式。王になるものは人間的な魅力に加えて多士済済を使いこなさねばならない。男性が女性よりも優れているので、優れた女性を手中にしているなら男性も優れたものが揃うであろうみたいな話だ。
いや、ぶっちゃけ女性の地位ってどんだけだよ。男尊女卑じゃんとか言ってみたけど、元の世界でも女性はお飾りだったもんな。私はそれが嫌で家を出たんだけど。
「私の方は妻が三人しかいないので女性を一人助っ人としてつけねばならんのです」
「なるほど、話はわかりました。それなら黒峰さんとかではダメなんですか?」
「私の妻に足りないのは直接戦闘能力なのです」
どうやらこの試練は女性が闘技場で並んで戦うとかではなく、知性、美貌、舞踏、戦闘の四つの項目を争うのだそうな。他の三人はそういうものでいいが、唯一戦闘能力だけが欠如しているのだとか。
「はあ、まあ婚約者じゃなくて助っ人だけでしたらそこまで嫌では無いですけど」
「それはありがたい」
「ですが、私は今、裕也さんのボディガードをしています。さすがに途中でほっぽり出してはいけません」
私は裕也さんのボディガードを任されたのだ途中で投げ出す訳にはいかない。それには代わりのボディガードを探すか、もういいと言われるまで頑張るかだ。
「簡単な解決方法はあるよ。ユーヤ、君もナジュド王国に来てくれ」
「ぼくに八洲を離れろと?」
「そうさ。たまには外の世界を見てみたくないかい?」
「……だが断る。ぼくにメリットがない。疲れる催し物に付き合わされるのは勘弁だ」
裕也さんは冷たく突き放す。やれやれといった感じでファハドさんは一枚の手紙を取りだした。
「誰からの手紙だい? まあ誰からでも同じだと思うけど」
「はいけい、えっとこれでいいのかな。ユーヤ、合ってる?」
最初の一文をファハドさんが読み上げると裕也さんが血相を変えて立ち上がった。
「しばらく会えてないから寂しいな。私は立派なレディになるべく、日々頑張ってます」
「あ、あ、あ、あ、あああああああああああ!」
どうしたんだろう。発狂しだしたぞ? 黒峰さんは頭を抱えている。
「この度、ナジュド王国のファハド王子より、婚前旅行にどうかと招待してもらいました。社会勉強ということで許可もいただいています。ユーヤに会えるのが楽しみです」
「ファハド、お前!」
「素敵なレディになった私を抱き締めてね。あなたの婚約者、メアリー・パラソルより、だってさ。どうする?」
ニヤニヤと笑みを浮かべるファハドさん。この人、割と悪趣味だな。たっぷり十分葛藤した挙句に私に頭を下げてお願いしてきた裕也さん。まあ、ボディガードの一貫だと思えばねえ。