第百七話 事後
テオドール「またお前か」
「とりあえずここから脱出して避難する?」
「いえ、お店が、どうなるか、分からないので……」
火矢とか射掛けられているのにまだお店の心配をしているオリビエさん。ある意味すごい度胸だと思うんだけど。
「なぜ燃えんのだ!」
それはね、私が障壁張ってるからだよ。家一軒くらいならこれくらいは出来るよ。
「ええい、鬱陶しい! お前たち、抜剣だ!」
兵隊たちが剣を抜いた。まずいな。いや、障壁はあるけど気付かれちゃうのは良くない。
「おい、何してくれてんだゴラァ!」
「せっかく気持ちよく飲んでたのに台無しにしやがって!」
「海の男の流儀を見せてやるぜ?」
そこらから腕っぷしの強そうな男たちがわらわらと出て来た。
「なんだ、貴様ら。領主様に逆らうというのか? ならばこの港を出禁にするぞ?」
隊長がそんな脅し文句を口にする。ぐぐぐ、卑怯な。と思ったが、船員たちはそんなこと一切お構い無しみたいだ。
「はっ、出禁? やれるもんならやってみな! 俺たちゃここの港に持ってこなくてもいいんだからな」
「そうだな。ちょっと遠回りになるが別の港もあったよな?」
「国が違ったところで俺たちにゃあ関係ねえがあんたらの上はどう思うかねえ?」
ああ、向こうの船乗りさんに来てもらってるって形なのか。まあこの港町って港町って特徴以外の特産物なんてなさそうだし。そもそも外国に輸出してるものがあるのかも疑問である。
「一応、水と食糧の補給は出来ますし」
「ああ、なるほど。最低限の条件は満たしているって所かな」
船乗りたちも利益を求めている。ここに寄るのは最低限の条件を供与してもらうからだろう。もしかしたら水と食糧を安価で出しているのかもしれない。
ここから少し行ったところに穀倉地帯があるんだそうな。王都の食料庫かと思ったら輸出用の場所らしい。
この国の特産品は実はそんなにない。強いて言えば食料だ。それも小麦が中心。後は魔物の素材である。エッジのそばの森の魔物からは色んな素材が取れるらしい。いや、私もそこで生計を立ててたけど。
つまり、目新しいものはないのだ。いやまあ、八洲の島側とかも食料輸入してたけど、大陸から運んだりしてたからなあ。大陸の領土が無かったら食料不足になっててもおかしくはなかったと思う。
「クソ、退け、退けぇ!」
兵隊のトップが悔しがりながら引き上げていく。そこにいたってオリビエさんがやっと安堵の息をついた。
「皆様、ありがとうございます」
「いいってことよ。何せアンナちゃんが帰ってきたんだからな!」
「全くだ! エイリークは何してやがる!」
「バカ! 言ってやるなよ。オリビエよぉ、なんか困ったことがあればいつでも言ってくれよ」
「おい、抜け駆けしてんじゃねえよ!」
「オレはイレーヌちゃんかな。料理上手は引く手数多だぜ」
「やっぱりウルリカちゃんだろ。頭もいいしな!」
「おい、さすがに未成年はまずいだろ」
「あほ、イレーヌちゃんも未成年だ!」
この世界の成人年齢は十五歳らしい。まあ昔の八洲でもねぇやが嫁に行く年齢だからなあ。ちなみにここまでアンナの貰い手はない。
「アンナ……」
「なんで哀れみの目で私を見るんですか!? そりゃあそうでしょう。私は領主の館に奉公に行ってて皆さんと接してないんですから!」
あー、そりゃあそうか。というかその辺気にしてたのね。ちなみにイレーヌちゃんもウルリカちゃんもお姉ちゃんを尊敬してるらしい。何でもそつなくこなす優等生なんだって。まあ器用貧乏ってそういう……なんでもないです。
イレーヌちゃんは計算が苦手で計算途中で放り出しちゃうし、ウルリカちゃんは料理するのに包丁捌きが怖くてみんながもうやめてって止めちゃうくらいなんだそうだ。バランス取れてね?
お母さんのオリビエさんは料理も計算も苦手。じゃあなんならいいのかと言うと語学。船員さんの言葉はみんな分かるんだとか。稀有な才能である。そりゃあ繁盛もするわ、この宿。遠い異国で自分の故郷と同じ様に言葉が通じるんだもん。私だってこの世界に来た時に言葉が書き文字含めて分かるって知ってどんだけ救われたか。いや、それはいいか。
「アンナさんはここで匿ってもらってください。私はちょっと行くところがありますので」
「匿うだなんて。アンナはうちの娘ですから」
「お姉ちゃん、ずっと居てくれるの?」
「アンナお姉ちゃんと一緒! やったぁ!」
どうやら匿うというのは語弊があったらしい。家族の元に戻っただね。でもしばらく隠れておいて欲しい。どれくらいかと言うと私がヒルダのところに行って来るまで。
という事で全力で転移するよ! これでも距離が延びたって私の中では好評なんだから。誰に? もちろん私にだ。
まあ途中経過とか特に何も無かったんで王都のリンクマイヤー公爵家に到着。時間的には夜半過ぎだ。もう消灯しかけているが灯りの点いた部屋があるのでそっちに顔を出す。窓から覗くとヒルダ様が身をくねくねさせていた。
「嫌ですわ、テオ。私たち、まだ、正式には結婚しておりませんのよ。でもあなたが私を手折りたいというのなら私は喜んで……」
聞かなかったことにしてあげよう。転移で玄関に行って夜分遅いけどヒルダ様を訪ねてきたと正直に申し入れた。出て来たのはフラッツだったか、フロッツだったか、そんな名前の人。ベルガーさんの孫ってのは覚えてる。
「またあなたですか」
心底面倒くさそうに言われた。そんなこと言わないでよ。私とあなたの仲じゃない。どんな仲か? まあ顔見知り?
「お帰りください。テオドール様もヒルダ様もとっくにおやすみになられています」
嘘つき! 少なくともヒルダ様はまだ寝てなかったやい! いや、それを言っちゃうとどこからどこまで見てたのか話さなくちゃいけなくなってしまう。
「来客か?」
そう言いながら出て来たのはテオドールだった。私の顔を見るなり「追い返せ」ってげんなりしながら言ってくるのやめてくれるかな!?