駄目(episode103)
バイオゴリラ……こんな姿に
「な、なんだぁ、そりゃあ!?」
素っ頓狂な声を上げる本部長。まあそりゃあそうか。殺す=引き金を引くって感覚だと死ぬまでにまだ何段階かあるってのを理解出来なくなるんだろうな。おそらくはたくさん、その銃で人を殺してきたのだろう。
邪魔者は指を一本動かせば事足りる。そんな世界に浸ってたやつが、「銃弾なんか通じない」って事実を目の当たりにした時、パニックになるのがオチだ。
だが、目の前の男は少し違ったようである。本部長は隣にいるやつに手を伸ばした。隣のやつは恭しく一本の棒の様なものを渡す。あれは……刀だ。バイクの名前ではない。日本刀だ。白木の鞘というのだろうか。鍔とかはついておらずスラリと鞘から引き抜くと美しい刃文が姿を見せる。
「これはな、名工の手掛けた『つらぬき丸』って刀だ。いわゆる幻の名刀ってやつよ」
オークが近づくと青く光ったりするやつ? あーまあ、オークはそれなりだからね。居場所がわかるなら避けて通れるし。便利っちゃ便利だよね。でもこの世界にオークとかいるのかな?
「銃が通じねえんならこれで直接ぶった切ってやるぜ!」
普通は銃弾がダメなら人間の膂力でなんとかなるとかは思わないと思うんだけど。もしかして強化魔法とか使えたりする? ないか。いや、もしかしたらあのドーピング薬を使うって可能性も。
「死ねオリャァァァァァァァ!」
何も考えてなかった。ええと、そもそも白木の鞘というのがいただけない。あれはそもそも保存用のはずだ。タケルがそう言っていた。
刀身の保存の為にいざとなったら木を割って刀身だけ取り出す為に耐久力は高くない。しかも一般的な柄より太いため握りにくく、掴みどころもない為汗で滑りやすい。下手するとすっぽぬけて飛んで行ったり、持ち手が滑ってズレて刀身を握ってしまったりする。余程の技量がないと取り回せない。みんながみんな石川五ェ門ではないのだ。
まあ私の流水防御は対弾防御みたいなものだからなあ。直接攻撃にはあまり効かないような術理が込められている。
向かって来る本部長。このまま金門の鋼質化で受け止めてもいいんだけど、万が一、とんでもない技量の持ち主だったら、鋼質化ごと切り落とされるかもしれない。となれば別の方法を取るしかない。
「刀身化」
金門の中でもそこまで難しくない魔法。手に持ってるものを武器にする魔法だ。無詠唱でも構わないが一応魔法名だけは言っておく。本当は詠唱までした方が硬さが違うんだが、その前に斬られたら元も子もない。手に持ってるのは壁に立て掛けられた細い棒である。
「来なさい」
「このクソアマ!」
本部長は他の人に比べて人を殺したことがある回数は多いのだろう。だが、恐らく、死線をくぐって殺してきたものでは無い。多分だが、優位にある状況での殺戮を行ってきたのだろう。あと、相手は武の心得もないチンピラとかだと思う。
その証拠に大上段に構えて力任せに振り下ろそうとする力任せの剣術だ。あ、薬丸自顕流とかいう狂気に満ちた流派(褒め言葉)だったら違うだろうけど、あれはダメだ。初太刀のスピードが全然ない。振ったら当たる位の感覚しかなさそう。
私はその剣をいなす。冒険者になろうと決めた時に頑張ったのはいなす技術だ。冒険者にとっての獲物であり、天敵である魔獣は人など問題にならない膂力を持っているのだ。ましてや細い私の体では受け止められない。魔法でブースト? 限界があるよ! というか当時はまだろくすっぽ魔法も使えなかったし。
だからひたすらいなした。いなしていなして、最小限の動きで敵の体勢が崩れるのを待って、剣で刺す。それを何度も訓練した。魔獣の膂力に比べたらこいつなんて鼻をほじりながらでもいなせる。いや、汚いからほじったりはしないよ?
いなしてやると前のめりに体勢を崩したのでがら空きの背中に棒を振り下ろしてやる。あ、ガチでやると真っ二つになるかもなのでせいぜい背骨を砕くに留めておいた。
「ぐおおおおおお」
苦しそうに呻いている。こいつ、ボスキャラじゃなかったのかよ。仕方ない。周りを見てみる。ハリードさんは相手のアフマドとかいう人に攻め込まれている。
「ハリード、腕を上げたな」
「アフマド、いつまでもあの頃のままだと思うな」
そんなことを言いながら切りあってる。あっちの方がバトル漫画みたいでかっこいいよね。
「あああああ、オレは、オレは、この船の、王だ!」
やや劣勢気味だと悟ったというか本部長が私にやられたのがよっぽどショックだったのか。というか床に這いつくばってたはずだけど誰も気にとめてなかったね。
「オレは、オレは、オレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハオレハ……グオオオオオオオオ!」
あれ? もしかしてお薬を接種していらっしゃる? 体毛がむじゃむじゃと生えてきて身体が膨らみ、まるででかいゴリラの様になった。サティスファクション? ミッション、アウタースペース?
「ウゴゴゴゴゴコゴココゴゴ!」
両手でむき出しになった胸を叩き始める。ドラミングというやつか。そのうち腕が六本になって、ジャングルの掟がどうたら言い出すのかもしれない。そうなる前に何とかしなければ。
ゴールド改めゴリラは裕也さんに向かって飛びかかる。どっちもゴですね。違う違う。守らなきゃ!
「水門〈水滴矢〉」
水門の基本、水で矢を作り、それを放つ。手数を重視する魔法だ。ぶっちゃけ、大した数は出せないけど……おおお? なんか二十本くらい出てる!
「キカヌ、キカヌゥ!」
どうやらゴリラは防御力も高いようだ。水の矢はことごとく弾かれる。でも水の矢にしたのは何も威力を狙ってのものでは無い。
「全身に水が行き渡ったわね。それじゃあ行くわよ! 」
水生木。木門の威力を高めるのは水門なのだ。だから、今、放つ。
「木門〈雷霆槍〉!」
「はぎょ!?」
私の詠唱破棄で生み出された雷はゴリラを撃ち貫く。全身に浴びた水が電気を程よく通し、ゴリラは黒焦げになった。