真打(episode102)
本部長、名前決めてないや。まあいあか。どうせやられ役だし。
ゴールド船越。彼は私の事を「鱗胴機関の人間」と呼んでいた。鱗胴というのは分かる。というかキューから聞いたやつだ。まあ本来の名前を名乗らずにリンドウにしたからこんな面倒な事になってると思うんだけど、そもそも回し者ならリンドウって名乗らなくない?
「ミスター船越」
「私のことはゴールドと」
「……オーケー、ゴールド。君はこの滝塚という男がリンドウキカンとやらの回し者である、と?」
「ファハド殿下、これは我が八洲の事情なのです。それともファハド殿下もこれに一枚噛んでおられるのですかな?」
「……君はナジュド王国が八洲の怪しい機関とやらを使って調略を仕掛けているとでも?」
「いえ、ナジュド王国とは言ってませんがね。王子も王族の前に一人の人間でいらっしゃいますから」
なんという物言いだろうか。このゴールド船越とかいう奴はこの騒動の責任を裕也さんやファハドさんに押し付けるつもりらしい。それも汚名を着せて。いや、私がリンドウを名乗ったから悪いのか。でも古森沢とか名乗ったら色々面倒になりそうだしなあ。
「君はこんなことをして良いと思ってるのかい?」
「どこのものともしれぬ商人と小国の王族が何を言うんです? この船のトップは船長。そして、その船長に命令出来るのはオーナーの私。どこにも漏れずに処理することなど容易いことです。幸い、獅子王組がバックについてくれるそうなので」
あー、納得した。あの獅子王組の本部長とかいうバカのチンピラに唆されたのか。となればこの後の展開は、ファハドさんと裕也さんが始末されて、私と黒峰さんが拷問って感じのりんかんがっこうにご招待されるのだろう。終わったら海にドボンかな?
いや、それだとハリードさんがどうなるか。あの人だけでここにいるやつ全滅させられそうだけど。多分銃弾とかなら弾き返せるんじゃないかな?
「そこのボディガードは邪魔だな。おい、お前のご主人様のファハド殿下の命は助けてやるから邪魔すんじゃねえぞ! 邪魔したら殿下からぶっ殺すからな!」
「おい、ぼくはともかく、殿下を弑してしまったら、国交が大変な事になるぞ? 産油国なんだからな」
「うるせえな。そんときゃ事故に巻き込まれましたって言っといてやるよ。スクリューに巻き込まれたら肉片が飛び散って元の形なんて分からなくなっちまうからな」
あ、割と酷いこと考えてる。というかこいつ本性はこんなだったの? いや、獅子王組って暴力装置を手に入れてウハウハになったんだろうなあ。
「さぁて、まずは、ボディガードから始末するぜ。なぁに、ちょっと全身に穴が空くくらいで大した手間は掛からねえからよ」
ハリードさんは無言。ファハドさんに銃口が向けられているから抵抗も出来ないのかもしれない。あ、ハリードさんの視線が私に向けられた。あの、私も捕まってるんですけど。やれってこと? やってしまえってこと? 私になら出来るって信頼? それとも私がやれないと詰むとか思ってる?
やれやれ仕方ない。ちょっと本気出しちゃおっかな。私は口の中で小さく詠唱を始める。並行詠唱。二つの魔法を時間差で撃つ為に、詠唱破棄したのと、同時に長めの詠唱に入る。
「おい、お前、何をブツブツと」
「木門〈風槌〉」
「おごっ!?」
私の魔法は私を抑えつけている男を吹っ飛ばした。私は素早く体勢を整える。野生のモンスターはこんな風に猶予を与えてはくれない。いや、偶にそういう絶対強者みたいなのはいるんだけど。私は会ったことないんだよなあ。
「こ、このガキ!」
銃弾が何発も放たれるが、私には当たらない。そりゃあそうだ。風槌の残りの風がまだ周りに渦巻いたままなのだ。いや、わざと残してある。近接戦をしないならこの選択がベストだ。矢でも鉄砲でももってこい! いや、斬りかかって来られたらダメだけど。
「水よ壁となりて、飛来するものを押し流さん。水門 〈流水防御〉」
間に合った。さっき解除した水の壁。改めて裕也さんとファハドさん、そして裕也さんの後ろにいる黒峰さんまで覆って護る滝が生まれた。滝塚だけに? うるさいわ!
「ふっ!」
ハリードさんがそれを見て相手に突っ込む。あっという間に持っていた銃の銃身を切り落とし、ゴールド船越を床にねじ伏せた。
「あ、あがががが」
「お、おい、ゴールド様を放せ!」
「……」
ハリードさんは無言でファハドさんを見るファハドさんはやれやれという表情を浮かべてゴールド船越に言う。
「形勢逆転、というところかな。ありがとうミス、ティア。助かったよ」
「仕事ですから」
「さて、ゴールド君。我が国に対する外交無礼は受け取ったよ。賠償金はこの船そのもので許してあげよう、ぼくは寛大だからね」
「オレの、船は、誰にも、渡さない!」
床に這いつくばっているのにこの強気である。余程獅子王組とやらが心強いらしい。
「おいおい。ざまぁねぇなぁ、ゴールドよ」
後ろからゆっくりと歩み寄って来たのはさっきのチンピラ。いや、獅子王組の本部長だっけ?
「てめぇに任せたらこのザマかよ。ほんっとに使えねえなあ!」
「ひぃ!? す、すいません!」
なんか倒れてるゴールドがそのまま蹴られたんだけど。ハリードさんが怖くないのかな? いや、ハリードさんはなんか本部長の後ろにいる男に意識を注いでいる。
「アフマド」
「未熟者のハリード。せめてオレが殺してやろう」
ハリードさんが未熟者ですって? いや、どんだけ強いんだよ。というかハリードさんの知り合いなの?
「アフマドと、いうことは兄上か。全く、八洲にまで私の命を狙って来るとは随分と評価してもらったものだ」
兄上!? もしかしてお家騒動? あー、いやまあ、兄弟なんてたまたま血が繋がってるだけの存在だもんね。私はそういうのが嫌いだから家を出たけど、残ってたら跡継ぎ争いとかあったかもしれないし。
「滝塚ぁ、てめぇはオレがぶっ殺してやるぜ!」
本部長が吠えて銃を構え、弾丸を放つ。そのまま水流に吸い込まれて消えた。まあそりゃあそうだ。