獣化(episode101)
ポンコツ探偵ゴールド船越
前回のあらすじ。男Dがなんか危ない薬品みたいなのを打ってバケモノみたいになりました。男DのDの文字はデビルのDとか私にも馴染みのあるやつで言えばドラゴンのDとか。いや、ドラゴンだったら大変だね。ブレスで焼き払われちゃう。
でも男はドラゴンになった訳では無さそうだ。その代わり、運動能力が格段に上がっている。最早目で捉えるのも一苦労だ。
「金門〈視力強化〉」
私の目に魔力が集まる。魔力を消費するけど視力は格段に良くなる。静止視力だけでなく動体視力も。
改めて男を見る。手から伸びてるのは爪だろうか? 腕も脚も倍以上に膨らみ、私に飛び掛ろうと隙を狙っているのだろう。いや、隙なんて私にはありすぎるほどあるのだ。ただ、多分さっきの私の「特殊合金製の服」の防御力が気になってるんだろう。まあそんなものは無いんだけど。
躊躇いがちに身構えると男は突進してくる。私の喉元に爪を突き立てようとして、見えない壁に阻まれる。
「がっ、ぐが?」
信じられないとばかりに自分の爪を見つめる男。いや、もう、獣って言った方がいいかもしれない。エルクゥとかそんなやつじゃないよね?
まあ単純な話、私の身体の周りの水の結界を爪ごときじゃ崩せなかったってだけだよ。一応フィアーベアーの爪でも平気で防ぐんだからね。まあフィアーベアーとかの場合はフィアーボイスとかの方がよっぽど厄介なんだけど。
「ぐるるるるるるる」
いや、吠えられても麻痺食らうんじゃなきゃ平気だよ。英雄級の一撃でも食らったらたまったもんじゃないし防御ごと吹っ飛ぶけど。
「ぐがぁ!!」
今度は口の中を剥き出しにして、噛み付いて来ようとする。私は美味しくないし、爪でダメだったのに牙ならなんとかなるって思ったのかな?
こんな時、剣とかあったら華麗に串刺しにしてみせたんだけど、生憎と船内には武器持ち込み禁止なのだ。いや、それならハリードさんはどうやって持ち込んだんだろう? 謎だ。外交特権ってやつかな?
私が手に取ったのはハンガー。木のヤツだ。木ならすぐ壊れるって? 心配ご無用。木だからこそ何とかなるのだ。魔力付与! 木の強度が上がるんだよ!
「がひゃひゃひゃ……ひゃ?」
噛み砕けると思ったのが噛み砕けなかった気分はどうだね? そして大きなお口が空いてるよ!
「木門〈雷霆槍〉」
口の中に目掛けて雷撃の槍を放つ。木のハンガーを伝って口の中に達し、上顎を貫く。いや、穴は空いたりしない様にしてあるけと、衝撃はかなりのものだと思う。
ちょうどそのタイミングで、ハリードさんが男Aを軽々と倒した。いや、倒せるならもっと早く倒してよ!
「凄まじい」
ハリードさんはとことこと歩いてくると獣を見てそう呟いた。へへーん、まあそうよね。攻撃魔法としては割と優秀な部類の技だもん。かっこいいから覚えたやつだし。あ、次は爆裂魔法辺りをチャレンジしたい。
「やあ、これは凄まじい腕前だね」
「ま、まぐれですよ」
「しかしまあ、君は超能力者なのかい? 私はそんなやつ初めて見たよ」
どうやらこの人、ファハドさんは超能力者を知ってるらしい。困ったな。違うんだけど。
「ファハド、さすがにそれはないよ。超能力の開発は何年も前に凍結されて禁忌の研究って言われてるじゃないか」
「それでもな、八洲には前科があるからな。研究辞めるとか言ってやめてなかったりな」
どうやら八洲という国は割と卑怯者らしい。いや、八洲人全体で言えば協力的で親切な人がちらほら見られる。タケルもそうだし、凪沙もそうだ。
「切っていいか?」
「出来ればやめて欲しいのだけど」
「仕方ないな」
ハリードさんは剣を納めた。見たら刃に血はついてない。ということ峰打ち、ならぬ、腹打ちと言うべきか剣の腹で片付けたのだろう。もしかしてハリードさんは遊んでた?
「ファハド、拷問するなら好きにしろ」
「道具も持ってきてないし、拷問官はお留守番にしちゃったよ。やるにしても船を下りないと」
平然と拷問する相談をしている二人。私の方はと言うと裕也さんも黒峰さんも何も言わずにニコニコしている。死にかけたというのに大丈夫だったのだろうか?
「あの、お二人共、大丈夫でしたか?」
「お陰様でね。しかしすごいね。魔法っていうんだっけ?」
「はっ!? そ、そうでした。素晴らしい働きだと思いますよ、ティアさん」
黒峰さんはどうやら茫然自失になっていたらしい。裕也さんはずっと見てたみたい。胆力が凄い。
「ファハド、今後の事について話し合いたい。良いかな?」
「もちろんだよ、友よ。ハリード、すまないがこの船のオーナーを呼んできてくれないか?」
「オレが行くとファハドが無防備になる。仕事を放棄出来ない」
「仕方ない。黒峰君、頼めるかい?」
「は、はい、大丈夫です。呼んで参ります」
ハリードさんが拒否したので黒峰さんが呼んでくるらしい。まあ実況見分も必要だしね。
黒峰さんはゴールド船越ともう一人、白い髭を生やした老齢の制服っぽいものをを着た男性を連れてきた。老齢と言っても背筋はピンとしており、海の男という感じがする。手にはパイプを持っている。煙は出てないのでポーズだけなのかもしれない。
「これはこれはファハド様、何か問題でも起こりましたか?」
「私の命を狙った暗殺者の様だ。襲われたが撃退した」
「ひうっ!? そ、それは大変失礼を。あの、滝塚様とお知り合いで?」
「いや、まあ、そうだな」
「そうですか。おい、そこの女を拘束しろ!」
ひげのおっさんが号令を出すと船員がどやどやと入ってきて、私を取り抑えようとする。えっ? 何これ? 私が捕まったの?
「何の真似ですか?」
「怪しいと思ってましたが、やはり、鱗胴機関のものだったんですね。ファハド様を狙うとは不届きな!」
ゴールド船越は高らかに叫んだ。ええー、ここに来て私が容疑者?
「あなたもその関係者だったのですね、滝塚様」
「何のことでしょう?」
「とぼけないでください。ネタはもう上がってるんです」
ゴールド船越はビシッと人差し指を裕也さんに突き付けた。