第一話 逃走
現代社会→異世界
現代社会は超能力の開発とかやっちゃう世界なんです。
もう後戻りは出来ない。一向に超能力を「開発」出来てない私が超能力に目覚めたのは「処分」される一日前の事だった。発現したのが夜中だったので誰も気付いていない。
私は発現したばかりの転移で研究所と呼ばれる施設の外に居た。施設には脱走防止の為の邪魔とかいう機械があるらしいけど、私の転移はそれよりも強いみたい。
と言っても転移の距離は短いんだけど。邪魔が入ってるからかな?
「逃げなきゃ」
逃げないと「処分」されてしまう、というのは研究員たちが嘲笑っていたから分かる。私はガリガリで抱く気もしないから遊ばないでいてやる、と言われたのはラッキーだったのかもしれない。
私は転移を繰り返し、出来るだけ遠くに逃げる事に決めた。こういう時に故郷などというものがあればそっちに逃げたのかもしれないが、生憎と私の故郷はあの研究室の中だ。だから名前なんてない。実験体九号と呼ばれては居た。
何度目かの転移の時に足を掴まれた様な感覚があった。私はゾッとした。追手なのかもしれない。ならば逃げなきゃ。まだ死にたくない。
私は力を振り絞って掴まれた足を振り切る様に転移を敢行した。ふっと景色が切り替わって何故か辺りが明るくなっていた。
「明るい? なんで? 夜だよね?」
そこまで考えて、私は時差というものを思い出した。もしかしたら今がお昼の国なのかもしれない。全力で跳んだから国境すら越えてしまったのだろう。
「辺りは森の中? なら、何かあるかな……」
そう思いながらフラフラ歩いて、やがて川に辿り着いた。川にはよく分からないけど魚が泳いでいる。今は捕まえて食べたいとしか思わない。
「私に、捕れる、かな?」
そう思いながら水の中に手を入れる。ガブリ、と魚が私の指に食い付いた。
「ひゃあ!?」
痛くて痛くて指を引っこ抜いたら魚が陸に打ち上げられた。でも手が血で真っ赤だ。
「痛い、死んじゃう。治したい。もしかしたら……治癒」
私は傷口からどくどく出てくる血を眺めながらボソリと呟いた。緑色の光が私の傷口に集まって、いつの間にやら傷が塞がっていた。
「ほわっ!?」
まさか転移だけじゃなくて治癒も使える様になってたとは。とりあえずおさかなたべたい。焼いて食べたらいいよね? あ、火がない。
「これも出来るかな? 発火」
自分の中から力が湧き上がってくるのを感じた。これは、出来そうだ。狙いを定めて、指を魚に突き付ける!
ポンッという擬音が相応しそうな火種が指先に生まれた。大きくならないし、飛んでもいかない。
「あ、あれ?」
私が戸惑ってると火種は普通に消えた。あ、これはダメなやつだ。マッチ棒レベルだ。でも山なら木の枝を集めれば……
改めて火種を出して落ちていた枝に火をつける。火は燃えたけど魚はどうしよう? とりあえず焼こう。私は魚を火で炙った。
「ええと、いただきます」
程よく焼けたので噛み付く。美味しい。ジューシーというのだろうか。今までのペースト状の食事とは比較にならない。
「はふっはふっはふっ!」
夢中になって食べたらあっという間に魚は無くなった。どうしよう。まだ足りない。火はあるから何かを焼きたい。そう思った時に目の前にキノコがあった。食べられるかな?
そうっと手で触れるとキノコの情報みたいなのが流れ込んできた。これは鑑定とでも言うのだろうか? なんかよく分からないヒール茸って名前と食用可という文字だけ見えた。
「よく分からないけど食べられるならいいか」
そう思いながらキノコも焼く。そこら中に生えてるから量は申し分ない。そしていい匂いがそこここに蔓延した。あー、癒される。
程よく焼けたところで再びいただきます。味はそこまで美味しい!ってほどでもないけど、決して不味くは無い。貯めとけば保存食になるかも?
「グルルルルルルルル」
なんか低い唸り声が聞こえる。どこかで何かが唸ってる。急げ、デンジマン……いや、誰だよ。うん研究所で見た特撮とかいう番組であったよね。
何か見えないかと必死で目を凝らすとそっちの方が見えた。遠視だ。ここから少し離れた茂みを掻き分けこっちに来るクマが居た。
「ひょえ!? クマ!?」
恐らく立ったら三メートルくらいはありそうなやつ。鼻をヒクヒクさせてるからきっとキノコの匂いに釣られてやって来たクマーとかなんだろうな。
「ええと、ええと、木に登るとかだっけ?」
生憎と運動は得意じゃない。というか満足に筋肉もついてない。私の発火は攻撃に向いてないんだよ。
どうしよう、逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ……などと言ってたらクマが茂みからひょっこり現れた。
「そうだ、死んだフリ! 死んだフリすれば大丈夫!」
私はそのまま地面に倒れ込んだ。倒れ込むのもいかにも気絶しましたとかでとても自然だったと思う。自分を褒めてあげたい。
クマは私の周りをぐるぐるうろつくと、焼いたキノコをガツガツと食べ始めた。ああ、私の保存食……
一通り食べたら今度は私の方にのそのそと近寄ってくる。えっとあの、ほら、私、死んでるよ?
クマはニヤリと笑った様な気がした。そして私の上にその大きな爪を振り下ろそうとして来た。
「転移!」
間一髪だった。やばい、そうだ。転移がある! これで逃げれる。そう思ってクマと対峙する。こういう時どういう顔すればいいんだろう?
クマはニヤリとまた笑った。綺麗な歯をしてますね。なんで牙がそんなに鋭いんですか? あ、私を食べるためですね、分かります。分かりたくないけど!
「こうなったら一か八か。念動!」
私はありったけの力を込めてみた。これも発動するかもしれない。うん、発動はしたよ。地面に落ちてた小石が浮き上がってクマに飛んで行った。