主攻(episode100)
こっちが本命。
「ありがとうごぜぇます、ありがとうごぜぇます!」
「いや、あんたら襲撃者だから事情聞くために残したんだからね」
「うへぇ、本当に申し訳ねえです。アニキにやれって言われて」
「アニキ?」
「ええ、うちの組……獅子王組っていうヤクザなんですけど、そこの本部長やってんですよ」
獅子王組というのはよく分からないが、ヤクザなら知ってる。いわゆる「やられ役」だ。主人公が無双するために出てくる奴らだ。
「ティア、違うからね」
「はい、獅子王組は八洲でも三本の指に入る広域暴力組織で、米連邦のマフィアとも繋がりがあります。なかなか侮れません」
暴力組織なら伽藍堂が居たんじゃないかと思うが、あっちは合法、こっちは非合法らしい。いや、伽藍堂も非合法な組織は持ってて、武器の横流しとかしてるって話らしい。浜の真砂は尽きるとも世に悪党の種は尽きまじってやつだよね。
ちなみに三大組織は獅子王組、伽藍堂の下部組織である夜叉神会、中華系の組織である龍幇である。飽くまで八洲国内ではだけど。
しかしそうなると、相手はかなり大きな組織だ。しかも暴力に慣れてる相手。恐らく私よりも強い兵隊とか居たりするんだろう。
「それはわかったけど、ぼくや、そこの王子様を狙う様に言われたのはなんで?」
「アニキは腕を落とされたオトシマエをつけてこいって」
どうやらさっきので、ハリードさんに腕を落とされたのが原因らしい。巻き込まれただけってこと?
「いやぁ、はっはっはっ、こりゃあ参ったね。ドンマイ」
「おいファハド、全く巻き込まれる方の身にもなってくれよ」
背中をバンバン叩きながら笑ってるファハドさんと、頭を抱える裕也さん。仲は良いみたいだ。
「さて、遊びはここまでだ。ハリード、頼むよ」
「御意」
ハリードさんは短く応えた。まだ何かあるの?
「誰かよくわからんが無軌道な襲撃。それを凌いだら安堵感も出るだろう。暗殺者が居るとなればそこを突く」
ふっと照明が消えた。船内の、この一等客室の電気は消えないように二重三重にセキュリティがあるのに、それが消えた。私は咄嗟に魔法を起動する。
「火門〈暗視・赤外線視力〉」
私の目に火が点る。いや、本当に火が点く訳では無い。暗い中でも見える魔法だ。これも最近使えるようになった。火門って苦手だったんだけどだいぶ成長したものだ。
すっと部屋に入って来たのは全身を変なスーツで身を固めた男たち。四人ほど居るようだ。手にはナイフを持っているみたい。銃は使わないのかな?
ハリードさんがまず動いた。手前にいる男Aのナイフを持っている剣で弾き飛ばした。男Aは即座に退いて次のハリードさんの斬撃を交わす。なかなかの手練みたいだ。
ハリードさんと男Aが睨み合ってる間に男Bが裕也さんに忍び寄る。あっという間に裕也さんに近づいたと思うとナイフの刃を突き立てようとして……結界に弾かれる。
そりゃあそうだ。私は裕也さんの結界は解いてないもの。さっき、ファハドさんが裕也さんの背中を叩いた際にも違和感はあったはずだ。でも彼は何も言わなかった。恐らくこの襲撃を読んでいたのだろう。
「なっ!?」
「うろたえるな。どうせ特殊合金製の服なのだろう。服が無い場所を狙え」
服が無い場所でも結界で覆ってるから問題ないんだよな。私は今のうちにと詠唱を始める。
「散りばめたる水の精よ、我が呼び声に応え、集いて霧となり、彼の者を覆え。水門〈死霧〉!」
私の魔法。それは、空気中の水を集めて霧にして、その水で顔を覆って溺れさせるというもの。複数起動はキツいので、一体一体確実にやろう。
「ふごっ!? かはっ」
男Bがそのままガクンと倒れた。どうやらちゃんと効いた様だ。そんな少量の水で溺れるのかって? 霧状にした水を口の中や鼻の中に潜り込ませるんだよ。そしてそのまま肺の中へ。呼吸が出来なくなって溺れるって訳。いやあ、八洲のアニメってすごいね!
「バカな! 何が起こっている!?」
どうやら冷静さを失ったのか男Cが大声を出す。男Dは虎視眈々とファハドさんを狙ってるみたいだ。あれ? ということはこの刺客が狙ってるのはどっちなんだ? もしくはどっちも?
私は声を上げた男Cに攻撃を仕掛ける事にする。私の魔法はまだ理解されてないはず。まずは吹っ飛ばして時間を稼ごう。
「木門〈風槌〉」
大型の魔獣を吹き飛ばして一旦距離を取りたい時に使う魔法だ。もちろんクイックキャストでいける。咄嗟に使うやつだから。いや、ちゃんとした詠唱をすれば空の彼方まで飛ばせると思うけど。
「天にまします雷霆よ、あ、いや、詠唱はいいや。木門〈雷霆槍〉」
詠唱破棄で威力低めに雷霆槍を撃つ。ガチでやると船に穴あくかもだしね。吹っ飛ばした先の男Cに雷霆の槍が突き刺さる。まあお腹に穴は空かないと思うから安心して欲しい。
「貴様、超能力者か!」
男Dが叫んだ。あ、いや、超能力者ってキューみたいなやつのことだよね? 私は違うよ。これは魔法なんだから。
「ならはこちらも本気でやらせてもらおう!」
そう言うと男Dは自分の首筋に何かを押し当てた。なんだろう。注射器とかいうやつかな? となると薬液が入ってて……うん、いわゆるドーピングってやつだろうね。
「うるるるるるるるるる、グァラグァラグァラグァラ!」
男が吠えた。まるで獣のような雄叫びだ。ふっと姿が消える。もしかして転移ってやつ? 次の瞬間、私の目の前に男は居た。大きく腕を振りかぶって。手には巨大な爪が生えていた。
「うわっ!?」
私は咄嗟に身を屈めた。頭の上を爪が空間を削り取るように通り過ぎていく。速くて視認できない。これは、魔法を詠唱する暇がない?
ハリードさんは……男Aを相手している。一進一退の攻防という感じだ。あの人、そんなに強いのかな? とにかく後ろに奴を行かせないのが最重要事項だ。何とかしなきゃ!