第九十九話 馬車
今、万感の思いをのせ、馬車は行く。
王都冒険者ギルド。久々のギルドに少し懐かしさすら覚える。いや、そこまで時間経ってないだろうって? うん、まあ、なんというか、破壊されてるカウンターがまだ修理されずに残ってるからわかるんだけど。私たちが倉庫から出てきた時には壊れてたよね?
受付の列に並んで順番を待つ。どこに並んでも受け付けてくれるんだけど、なるべく少ない場所に並んでみた。
よく見ると列が長くなってるところは受付のお姉さんが可愛いところだ。列の長さは人気のバロメータなのだろうか。今のところ、ピンク髪の巨乳お姉さんのところが最長の様だ。次点はメガネ美人のクールお姉さんだ。どっちも頑張れ。
となると、あまり人気のないこの列は……アンヤ婆が居た。暇でもなくて列も長くない。不満そうな顔は他の受付嬢に比べて人気がないからなのか。いや、若い人と競っても無理だと思うよ。
「なんだい、また来たのかい? 今度は手紙の配達かい? それともまた厄介事かね?」
「違いますよ。アンダーゲートって街の情報を聞きに」
「ほう、アンダーゲートかい。あそこはいいとこだよ。色んなもんが集まってくる」
「そうみたいですね。ちょっと行ってみたくて」
「魚介類が新鮮だからね。私もたまに行ってみることがあるよ。それで、何が聞きたいんだい?」
アンヤ婆の顔がニコニコになっていく。どうやら私が厄介事を持ってきてると思って不機嫌になったらしい。失礼な。私がいつ厄介事を……一度目は公爵様の手紙より先にギルドに手紙届けたし、二度目は教団の使徒が襲って来たりしたけど。不可抗力じゃん!
「ええと、どうやって行くのかって。あと詳しい場所」
「なんだい。それなら乗り合い馬車が出てるから乗っていくといいよ。馬車乗り場から一日二本出てるからね」
「そんなに頻繁に行き来してるの?」
「当たり前さ。塩を運ばなきゃいけないからね」
なるほど。この世界の塩はどうやら海の水を製塩して出来たものらしい。流下式かな? 入浜式かな? いや、塩田じゃなくて藻塩って可能性も。いや、別にいいか。
「へぇ、塩が」
「そうだよ。水門の魔術師が集められてるからね」
あー、もしかして魔法式の製塩方法か。確かにその考えはなかったわ。もしかしてティアも出来たりするのかな? まあそれはいい。
「馬車でどれくらいかかるの?」
「そうさね、三日ぐらいかねえ」
三日。馬車は一日にだいたい六十キロくらい進むらしいから、三日ということはだいたい二百キロくらいか。八洲でいうと皇都から富士山くらいかな。あー、ハンバーグ食べたい。
という事は転移ですんなり着くのは難しいという事だ。いや、徐々に距離は延びてきているものの、まだまだ長い距離は跳べない。使っていれば延びるらしいので頑張っていこう。
「で、あんたはなんでアンダーゲートに行くんだい?」
「あ、えーと、観光?」
「なんだいそりゃあ。何か仕事で行くのかと思ったよ」
「そういう仕事あるの?」
「もちろんさね。護衛の仕事ならいくらでもあるさね」
そう言ってバンと依頼書を広げた。いや、アンヤ婆ちゃん、広げられても私は護衛依頼とか受けないよ。第一、戦闘力なんて全くナッシングなんだから。障壁で耐えてる間に助けてもらえばワンチャン。
「そうかい。ならまあ仕方ないねえ」
そう言ってアンヤ婆ちゃんは依頼書を引っ込めた。色んな商会からの護衛依頼だったらしい。フォーレ商会ってのもあったよ。ぐぐぐ、詳しく知りたいけど受けもしない依頼書の中身を聞く訳にもなあ。
「また王都には戻ってくるのかい?」
「あのさ、私のホームはエッジなんだけど?」
「そういやそうだったね。エレノアにもよろしく言っといておくれ」
そういえばこのおばちゃん、エレノアさんと知り合いなんだっけ。エレノアさんの名前を出されたらはい以外の選択肢はないなあ。
冒険者ギルドを後にして馬車乗り場に行く。馬車乗り場には何台もの馬車が居た。王都の中を回る馬車もあれば、近郊の村村を回る馬車、長距離の場所にある都市に行く馬車、行き先を自分が指定して利用出来る馬車など様々な馬車がある様だ。
よく見るとエッジに向かう馬車もある。こちらは一日一便。物資も一緒に運ぶんだそうな。私は転移があるから利用したことはない。
アンダーゲート行きの馬車は三台で構成されている馬車だ。乗るのにスペースはまだあるらしく、すんなり乗れた。乗る前にチケットを購入してそれを御者に見せるだけという簡便さだ。一人でちゃんと買えたから簡単だったよ。
同乗者は何人かいた。若い恋人同士なのか夫婦なのかは分からないがイチャイチャしてるヤツら。爆ぜろ。というか道中ずっとこれを見せつけられるの? うわあ。
少し太り気味の商人っぽい人。買い付けなら自前の馬車を使うだろうから持ってない駆け出しか、バカンスか。もしくは夜逃げ? いや、それなら尚更自分の馬車か。
フードを目深に被った男性?なのかな?手には楽器を持っている。ギターじゃ無さそうだ。まあ「俺の歌を聞け!」とか言って歌い出すやつでは無さそうだ。吟遊詩人というやつかな。
若い女性もいる。手には何かメモのようなものを持っていて、しきりに何かを書き連ねている。旅行記でも書くのだろうか。さすがにスパイとかでは無いだろう。それはあまりにもお粗末だ。
護衛の任務を受けてるのか剣士が一人後ろの方に乗っている。各馬車に一人いるのか、それとも他の馬車に仲間が乗ってるのかは分からないが、まあそこそこに強そうだ。いや、冒険者の強さとかは分からないけど。少なくともグスタフさんとかテオドールを基準にしちゃいけないのは何となく分かる。
「では、アンダーゲート行き、まもなく出発します!」
御者の声が響き、乗ってくる人を締め切って馬車が動いていく。初めての馬車に声が出そうになったが、頑張って抑えた。さて、ここからは乗ってるだけだからのんびり行きましょう。
………………いや、お尻痛いな!