第九十七話 忖度
貴族的な言い回しは苦手です。
私の頭の中にあったのは「金銀パールプレゼント」とかいうメロディだった。どっかで聞いたことがあるけど、何故私が知ってるのかは分からない。少女漫画か海賊の技だったかだと思う。
「ええと、それじゃあパールのネックレスとか?」
「はっ?」
「伝わりませんかね? ほら、パールがこんな感じで同じ大きさのが連なってネックレスになってるやつですよ」
「……希少な、パールを、同じ大きさで、しかもネックレスにするほどの見栄えのいいやつを、揃えて? そ、そんなもの、ある訳ないでしょう!」
「ちょっと、キュー! あなた、ふっかけるにも限度があるわよ。そんなもの存在する訳が無いじゃない!」
存在するわけが無い? そんな馬鹿な。あれだけ元の世界ではありふれてて、なんならイミテーションも沢山作られる感じのものなのに。
あ、でもよく考えたら天然ものは貴重で、人工のパールだったから安かったのかも。そもそも、イミテーションなんて百円ショップの材料で作れた気がするし。
「失礼しました、こちらでは手に入らないのですね」
「キュー? あなたの故郷では手に入るの?」
「それでは、ルビーのネックレスなどを」
「お、おお、そうですか。ルビー、ですな。それならばいくつか在庫があったと思います」
気を取り直したのかザイエはパチンと手を叩いて奥の方へ走って行った。いや、自分で行かんでも誰かを呼べば済んだのでは?
「なんてこと言い出すのよ」
「ごめんなさい。つい」
「それで、本当にそんな奇跡のアクセサリーが存在するの?」
「あーまあ、手に入らないとは思うけど」
「でしょうね。はあ。いきなり巨大魔法ぶち込むみたいな真似をしてくれるじゃない」
「私、魔法使えないけど?」
「ものの例えよ!」
そんなこんなしてたらザイエは小さなカートンに何本かのルビーのネックレスを置いて運んで来てくれた。
「お待たせいたしました。こちらが当店の在庫でございます」
「なかなかのものね」
持ってこられた品は下級貴族から中級貴族がつけていくに相応しいレベルの品だった。これは完全にターゲットが私という事だろう。まあ公爵家ともなれば行きつけのアクセサリー店とか職人とか抱えてたりする場合があるので迂闊に勧められないのかもしれない。
「キュー、これなんかどうかしら?」
「……似合うでしょうか?」
「いいわね。では、これとこれをいただくわ」
「ありがとうございます!」
「それからあと私の予備にもいくつか買いたいのだけど、青系の石はあるのかしら?」
「はっ! 直ぐにお持ちします!」
「ああ、待って。そこにいる彼女に頼もうかしら」
ヒルダ様も宝石を買うらしい。そして持ってくるのは先程の女性にさせた。まあ怪しい人物だもんね。
「私、ですか?」
「そうよ。あなたが私に似合うと思うん石を持ってきて」
「かしこまりました」
女性は一礼するとそのまま引っ込んで行った。しばらく出されたお茶を楽しんでいたら、女性が戻ってきた。持ってきたのはネックレスが二本と指輪が三つ、ティアラが一つである。宝石の名前はよく分からないけど青が深いのもあれば、明るくて光ってるのもある。
ヒルダ様は指輪を一つ手に取った。そして、まじまじと裏表にしながら見て、そこから指輪を女性に差し出した。
「これ、試しにつけてみてくれる?」
「私には似合いません」
「そんなのは私が決めること。さあ」
ヒルダ様の無理強いに折れたのか指輪をはめる。指輪は青く光っていて、彼女に良く似合う。
「やっぱりよく似合ってる。あなた、お名前は?」
「ヴィオレと申します」
「そう。ヴィオレ、このお店を辞めたくなったら私のところに来なさい」
「まあ、光栄ですわ、公爵令嬢様 」
「そのうち公爵夫人と呼んで欲しいわね」
そう言って二人でくすくす笑いあってた。なんだか背筋に寒気が走った。貴族の家って複雑怪奇だわ。でもこの女性は貴族じゃないか。
「その指輪は手付け金代わりよ。取っておきなさい。私はこっちを貰うわ。店主、支払いはミルドレッドへ」
「かしこまりました。ありがとうございます。しかし、ヴィオレを引き抜くのは勘弁していただけませんか? 彼女のような秘書は得難いので」
「悪かったわね。では、その指輪は迷惑料ということにしましょう。取っておきなさい」
そこまでヒルダ様が言うと、ヴィオレは深深と頭を下げて、指輪をしたまま奥にさがった。それから他愛もない話をして、それとなくリンクマイヤーの事を聞いてみた。
「私が嫁ぐ予定のリンクマイヤーの事については聞いているかしら?」
「ヒルダ様に言うのはどうかとは思いますが、口さがないもの達の間では次期公爵はエドワード様ではないかと」
「……あら、それはどうしてかしら?」
すうっとヒルダ様の目が細くなったのを私は見逃さなかった。怖い。でもこれも情報収集なんだよ。耐えて!
「領内での乱暴狼藉の噂が届いておりますからな。商人としてはあまり関わりにならない方がいいかと」
「あら、その為に私が嫁ぐのだとしたら?」
「まさか、テオドール様を傀儡として……」
「ご想像にお任せするわ」
そう言ってクスクスと笑った。否定も肯定もしない。本音としては腸が煮えくり返る程に怒りが溢れてるんだろうに。
「そういうことでしたらお力になれると思います! ヒルダ様、何かありましたら御協力いたしますぞ?」
「気が早い人ね。私は何をするとも言ってないわよ。リンクマイヤーの領地を立て直すつもりだもの」
「これはこれは勇ましいお方だ。当然領内の商人についても入れ替えなどは」
「そうね。ミルドレッドの方の商人を連れて行く訳にもいかないもの。乗っ取りだなんて言われてしまうわ」
そんな気サラサラない癖に。でも、嘘は言ってないんだよなあ。飽くまで「ミルドレッドの方の商人は連れてこない」と言ってるに過ぎないんだもの。邪推するかは本人の勝手なのだ。
疑念の種は植え込んだみたいでそのまま店を去る。帰りの馬車の中でヒルダ様が自分の扇をバキリとへし折った。