散財(episode97)
お金は使うもの。生きたお金にする為に使わなきゃいけません。
「言いがかりはやめてくれないかな?」
「なんだと? 役もできてねえのに最後まで付き合う必要ねえじゃねえか! 絶対最後で完成するってわかってたんだろ?」
「さすがにぼくも超能力者ではないから分からないよ」
キューは超能力者だけど分からないと思う。まあ可能性として、ディーラーと裕也さんがグル、という可能性もあるが、裕也さんはそれまでテーブルについていた人に許可をとって入ったのでそんなことは先ず起こりえない。
「減らず口を!」
チンピラが激昂しながら殴り掛かってくる。これはボディガードの仕事だね、なんて思ってたらディーラーの男性が素早く動いて、チンピラを制圧していた。
「お客様、このようなことをされては困ります」
「がっ、ぐがっ、てめぇ!」
「どうやら反省の色は無いようですね」
ディーラーの男はチンピラの腕を折った。いや、違う。バキって言ったけど関節が外されてるだけみたい。単なる脱臼だわ。
「君たち、お客様をゲストルームに案内してください」
「かしこまりました」
どこからともなく黒服の男たちが現れてチンピラを連れて去っていった。ディーラーは深深と頭を下げる。
「皆様には大変失礼を致しました。よろしければ卓を変えてお遊びいただくことも出来ますので。それと、こちらは観劇のチケットでございます。時間がありましたらどうぞ」
詫びチケットをもらった。ソシャゲではタケルがしょっちゅうというか割と高頻度で貰ってたのは知ってるので存在くらいは分かるけど、まさかリアルでもそういう文化があったなんて。
「さて、良ければこのまま遊び続けようと思うんだが、どうかね?」
「裕也さんのお心のままに」
「私もどっちでもいいよ」
ということで引き続きテキサスホールデムというポーカーの卓を楽しむことにした。ちなみに勝率はかなり低かった。というか裕也さんが勝てないと分かってても最後まで諦めずに突っ張っていくんだもん。
結果的にテーブルのトップはターバンの男に決まった。攻める時と降りる時のバランスがとても上手かったと思う。まあ私は賭け事とかそこまで好きじゃないからへー、そうなんだ。くらいにしか思わなかったけど。
ターバンの男は裕也さんの近くに来ると耳元で何かを囁いて手を振って去っていった。なんなんだろう。
テキサスホールデムはよく分からなかったからもっとわかりやすいものがいい、とブラックジャックとバカラのテーブルを見に行く。
バカラは基本ルールは単純だけどなんか色々な取り決めがあり、バンカーとプレイヤーという二陣営のどっちにかけるかをやるのがメインらしい。ちょっとルールがややこしい。
ブラックジャックは天才外科医……ではなく、合計で二十一を超えないように二十一に近付けるゲームなんだとか。こっちならまだわかりやすいかな。
裕也さんがディーラーと一対一の勝負を行う。数字を足したりするだけなのでかなり簡単だ。まあ三枚目を引いたりする駆け引きとかもあるんだろうけど、最初に配られた二枚で勝負とかも割とあった。
こちらも結果的には裕也さんが割と負け越しだった。それでも裕也さんは満足そうだった。そりゃあそうだよね。元々は負けて船にお金を落とすのが目的なんだから。
「せっかくだからギャラリーにも行こうか」
裕也さんが絵を見に行くというので、お供する事に。少し密閉された区画にギャラリーはあった。まあ絵に海水はあまり良くないだろうから。
中には様々な絵があった。私はそれなりに絵には造詣があると思っていた。これでも貴族だったからね。パーティとかに行けば広間に絵は飾ってあったもの。
ところが、このギャラリーにある絵はモノが違う。色使いの鮮やかな絵、逆に白と黒しかないような絵、何が描いてるのか分からないけど、魂を震わせる様な絵、写真のように精巧な絵。幻想的な、元の世界を思い出させるような絵。
「ふわぁ……」
私は思わず言葉を失った。裕也さんは絵を見るのも好きみたいで、いくつかの絵の前で顎に手をやりながら何度も頷いていた。
私が一番引き込まれたのは白と黒の絵。どうやら墨という筆記具で描かれた龍という生き物らしい。どう見ても蛇だよね? でかい蛇。ヒュージキングスネークとかかな? 墨は……手紙を書いたりする時のペン先につけるやつだ。いや、違うのかもしれないけどきっと似たようなものだろう。
私がしばらくそこから動かないでいると、裕也さんが話しかけてきた。
「この絵が気になるのかい?」
「そうですね。何か飲み込まれそうというか圧倒されるというか」
「そうか。おい、キミ。これを頼む」
「かしこまりました」
えっ? 何が起こってるのか分からないけどあっという間にその絵(掛け軸と言うらしい)がクルクル巻かれて私に手渡された。
「あの、これは?」
「依頼料の追加、といったところかな。遠慮なく受け取ってくれたまえ」
「えっ? でもこんな」
「婚約者としての演技のうちでもあるんだよ。散財させてくれないか?」
こっそりと裕也さんに耳打ちされたので仕事の一環として受け取ることにした。なんかびっくりすることばかりだ。
それから自室に戻って、先程のパーティで気になった料理をいくつか届けてもらった。パーティに出たのとは違ってそこそこに温かかったから一層美味しいと感じた。
その日は駄べりながら就寝。ベッドは三人分用意されていたから問題なく寝られた。というか夜襲ってくるとは思わなかったのは裕也さんの日頃の行いのお陰かもしれないね。第一、黒峰さんが平気そうにしてたもの。
翌朝、船内がなんだか騒がしい。何かあったのかと外に出てみる。私たちの部屋の前は誰もいなかったが、どうやら朝食が用意してある会場で騒ぎが起こってるらしい。朝食は部屋に運んでもらうことも出来るので、わざわざ騒ぎに首を突っ込むこともないと、朝食の手配をお願いした。
それでも状況の確認はしないといけないと思い、朝食会場に改めて顔を出すことにした。