第九十六話 来店
お嬢様の、ご出座〜
一旦ミルドレッド公爵家に向かう。屋敷の人は快く私たちを出迎えてくれた。まあヒルダ様の里帰りみたいなものだもん。当然だよね。
「キュー様、ようこそ!」
「キュー様、ありがとうございました!」
「キュー様、キュー様!」
いや、あの、なんで? なんで私がこんなに歓迎されてんの? 何とかしたのはテオドールじゃん。
「諦めなさい。公爵家の恩人なのだと言ったでしょう」
しばらくして奥から煌びやかに着飾ったヒルダ様が出てきた。
「うわっ、すごい。綺麗」
「でしょう? あなたも……まあその格好なら良いかしら」
私のはどこぞの良家のお嬢様風だ。華美では無いが、粗末でもない。許可を貰ったのでそのまま店に行こうと思ったが、日もかなり落ちてきたみたいなので、馬車だと夕方になるという。そうか。転移なら一瞬なんだけどなあ。
その日はミルドレッド公爵家に泊まることになった。お風呂場でメイドさんたちに先を争うように洗われたのはなんだったんたろうか。身体中を磨かれて少しヒリヒリする。綺麗にはなったけど。
夕ご飯はヒルダ様だけだった。父親は今夜は役所に泊まりで仕事してるんだとか。教団関係のゴタゴタで後始末がかなり面倒らしい。そういやリンクマイヤーの公爵も帰って来てなかったな。
で、夕飯は手を抜かれるかと思ったら全然そんなことなかった。まあお嬢様に下手なものは出せないよね。ついでで私もありつけたのはよかった。子牛のワイン煮込み美味しかったです。
翌朝、家の前に馬車が用意されていた。そこそこに立派な馬車で、公爵家の紋章が入ってる。もしかして、この世界で馬車に乗るの初めてかもしれない。
馬車の中はそんなに広くは無いが、おしりを守るためのクッションも完備してあり、人に優しい設計になっている。バネはないからショックアブソーバーとかもないんだろうな。板バネ? 仕組みとかわかんないよ! そもそも私には転移があるから馬車なんて使わないし。
王都の街並みを馬車が進んで行く。通ってるとどの馬車も道を空けてくれる。公爵家が譲らなければならないのは王家の馬車だけだとか。こんな所まで身分制度が幅を利かせているのか。
王家の馬車に会うことも無く、フォーレ商会の前に着いた。馬車の扉が開かれ、ヒルダ様が優雅に馬車から降りてくる。私もそれに続いた。コケたらシャレにならないけど、そこは従者の人がエスコートしてくれた。私まですいませんね。
「おお、これはこれはミルドレッド公爵家のお嬢様! ようこそいらっしゃいました! 当フォーレ商会へはどの様なご用件で?」
転げるような勢いで出てきたのは精悍そうな白髪の男。髭も白い。フサフサではないけど顔の周りを囲むような髭。というかどこまでが髭でどこまでが髪の毛なのだろうか。
「あなたは?」
「私が当商会のトップのザイエ・フォーレでございます」
「あら、フォーレ商会のトップは貴族として授爵したと聞いていたのだけど?」
「……それは先代でございますな。先代の父は店を私に任せてのんびりしてもらっております」
のんびりさせられてるの間違いだとは思うが、そんな事を部外者である私たちに話す気もないのだろう。
「それで、ミルドレッド公爵家のお嬢様がどうしてうちみたいなところへ?」
「ええ、私の友人が欲しいものがあるとかでどこが商会を知らないかと言われたのでこうして見て回ってるところなのよ」
「そうでしたか。何故、私どもの所へ?」
「トップが貴族だと聞いたからね。貴族の機微もわかるかと思ったのだけど、代替わりしていたのなら別の店に行きましょうか」
そう言ってヒルダ様は踵を返す。いや、今帰っちゃいけないでしょ!?
「お、お待ちください! そういうことでしたら私どもでお力になれると存じます」
「そう? じゃあ見繕ってもらおうかしら。キュー。ここでいいわね?」
「そうですね、ヒルダ様」
「ほう、あなたが。なんでしたらお名前をお伺いしても?」
「キュー。キュー・リンドです」
「ほほう? 聞いたことありませんな」
「ええ、この国の貴族ではありませんから」
嘘は言ってない。この国どころか元の世界でも貴族ですらないのだから。でもここにヒルダ様が居て商会を紹介しようとしてるのだから、貴族か少なくともそれに準じた身分だと思われるだろう。
「分かりました。では、こちらへ」
そう言ってトップ自ら奥の部屋に通された。私はてっきり店の中を適当に歩いて調べるのかと思っていたんだけど、貴族の買い物はそういうのでは無いらしい。
高そうなソファに腰を下ろして、秘書なのか美人の女性がお茶を運んでくる。この人、すごい美人だなあ。目とか吸いこまれそうな色している。ん? なんか私の頭の中で何かがアラーム鳴らしてる。
鑑定の能力を訓練する時に相手から精神操作を受ける可能性があるとかで、精神防壁を埋め込まれたのを思い出す。催眠は発現しにくいんだけど、確かに能力者は存在するとか言われて。まあ一国の工作員とかならそれくらいのやつはいるよね。
「な、なぜ?」
「あの、何か?」
「いえ、なんでもありません。ごゆっくりお過ごしください」
女性は深深と頭を下げて退出した。しかしすごい美人だった。胸はそこそこ大きいし、ティアちゃんほどじゃないけど。目鼻立ちも割とくっきりしていた。何より鼻が高かった。エレノアさんは鼻高くなかったからどっちかと言うと馴染みやすかったんだけど、彼女は割とそうでもなさそう。
「いやぁ、すいませんな。ちょっとバタバタしておりまして。それで、何か欲しいものがお有とか」
「そうなんです。ちょっと手に入りにくいかもしれませんけど、ここならと思って」
「どういったものですかな」
「はい、宝石のアクセサリーを買い求めたいと」
それを聞いてザイエはニヤリと笑った。おそらくは私が単なるアクセサリーに目のない小娘だとでも思ったのだろう。いや、正直言えばアクセサリーは何がいいのか全く分からないんだけとね。