第九十五話 変遷
フォーレ商会の軌跡
ブライさんはフォーレ商会を立ち上げた父の元に生まれた。父は行商人として身を立て、王都に来てからこの店を立ち上げた。立ち上げた当時は父と母、そして産まれたばかりのこのブライさんだけの家族経営だったそうな。
まず取り扱ったのは日々の雑貨と食べ物。行商人をしていた頃の伝手で農村の作物を安い値段で仕入れることが出来た。自分の後に行商人として行き来していた人物、父の使っていた見習い小僧だったらしいが、父が王都に店を構えるのを機に独立したいと言い出し、馬車と馬、そしてルートを譲ってもらったそうだ。
行商人が独り立ちをする時に、ルートは本来自分で開拓する。なんなら馬車や馬は借金を負ってでも用意するのだ。さもないと始められない。当然、借金をするには保証人がいる。だいたいは真面目に働いていれば雇い主が保証人になってくれたりするが、そうしてくれない人もいる。
というか「絶対許さないマン」「渋々ながらも保証人になってくれる」「喜んで保証人になってくれる」の三種類が主だ。それを考えるとブライさんの父は破格の雇い主だったらしい。
元見習い小僧は恩を忘れず農村の野菜を買い付けて持ち帰った。ブライさんの父は危険手当も付けて買い取ってくれたそうな。
そうして得た野菜や小麦を薄利多売で売り捌く。経営が安定してくると、日用品などにも手を広げていった。代がブライさんに変わった辺りで変化が訪れた。元見習い小僧が行商を辞めて農村の娘とくっついたのだ。婿として見込まれたのかは分からないが、行商人としての次の代は居なかったので、商業ギルドにルートを売り払ったのだという。
商業ギルドは麾下の行商人にルートを分割してやらせて、野菜などの利益を独占した。当然ながらフォーレ商会に野菜は入ってこなくなり、継いだばかりのブライさんは困り果てた。
ブライさんはスラム街の子供たちに色んな街の噂話を集めさせたり、自分の作った農園に送り込んで働かせたりした。入ってくる野菜がなければ自分で作ればいい、という考えに至ったのだ。
スラム街の子供たちはやればご飯が食べられるし、賃金まで貰えるということで進んでやり始めた。フォーレ商会はそうやって大きくなっていく。
貴族の弱みを握ったのはそんな頃。下町の娼婦に入れあげていた貴族の当主がプレイの一環なのか、それとも何か口論があったのかは分からないが、娼婦を殺してしまった。そして、その揉み消しをスラムの子供たちに押し付けたのだ。
スラムの子供たちはその情報をブライさんに報告。ブライさんは言い逃れできない証拠と共に現れたブライさんに口止め料として宝石鉱山を一つ譲り渡したのだ。まあ程なくして、その貴族は別の事件で貴族同士の口論になり、刺し殺されてしまうのだが。
宝石鉱山を手に入れたブライさんはアクセサリー類の加工と販売にも手を伸ばした。売れない若手の職人を育てて作品を作らせたのだ。アクセサリーにしては安価でありながらファッショナブルなそれに若い女性が飛び付き、フォーレ商会はますます大きくなっていった。
ブライさんの息子が、突如クーデターを起こし、実権を握りブライさんをこの店に閉じ込める様に隔離するまでは。
予兆は前からあったのかもしれない。ブライさんは徐々に息子に店を任せようと厳しく接していた。成長を願えばこそ、なのだが、息子には通じなかったようで、ブツブツと恨み節を言うようになっていた。そしてそれに追従する従業員たち。まるで洗脳でもされたかのように息子の賛同者は増えていったのだという。
そして今では、本店を移転し、大々的に商売をしているのだという。なんともたまらない話だ。そこまで話し終えるとブライさんはお茶を飲み息を吐いた。
「面白くもない話だと思うが、これが今のフォーレ商会の事で知っとる全部じゃな」
「いえ、ありがとうございました」
ポイントとしては、フォーレ商会の現経営者の息子さんはクーデターを起こしてブライさんを追い出したということ。また、それに従業員たちも賛同しているというもの。というか従業員たちの態度が徐々に変わっていったのが違和感溢れて仕方ないんだって。
「従業員が豹変したのはいつの頃か分かりますか?」
「ううむ、はっきりとは、でもそういわれてみればある女が来てからじゃなったろうか」
「ある女?」
「うむ、息子が連れて来た娼婦じゃな。もちろん正妻とは別なの じゃが」
なんでも息子さん、ロビンというらしいが、奥さんは別の大店の娘なのだとか。それとは別にやたらと色情狂とか扇情的とか言った方が似つかわしい女が店に来るようになったらしい。
「その女はどんなやつで?」
「それがな、探らせたが分からんかった。花街の女だというのはわかったが、そこに至るまでの経緯が全て謎じゃったな」
このブライさんをして、知ることが出来なかった情報である。私やヒルダ様の事まで分かってるのに掴めなかったなんて、他国のスパイか、もっとヤバい組織の工作員とかそういう類のものなんじゃないかと。
クライドはその女との子供かというとそうではなく、また別の町娘に産ませた子供らしい。その町娘は別の男と結婚させ、子供は引き取って育てたんだそうな。
「となると、まずは本店に行ってみなければならんな」
「本店に? ブライさんが乗り込めるの?」
「無理じゃな。門前払いにされるのが関の山じゃろうて」
「それならば私が乗り込みます。リンクマイヤーじゃなくてミルドレッドの名前を使えば会わない訳にもいかなくなるでしょう?」
リンクマイヤーが武断の公爵家とすれば、ミルドレッドは文治の公爵家。様々な役所に顔パスで入れ、ある程度の融通も利く家である。一介の商会如きが太刀打ち出来るものでもない。
「ミルドレッドの名を使うと?」
「使えるものはなんでも。それに、キュー様が居れば利用しても構わないと言われるでしょう。何せ公爵家の恩人なのですから」
「ほう、それは興味深い」
ブライさんの鋭い視線が私に突き刺さる。いや、大したことしてないって!