第十話 誘拐
まさかの再登場。
私を見つけるなりトムさんが歓喜の声をあげた。
「おお、おお、キュー殿、命の恩人たるあなたに再びお会いできて光栄にございます」
「あ、えーと、その、ここまでご無事でよかったです。襲われなくて良かったです」
「不意を打たれないように気をつけて運びましたからな。門番に驚かれましたわい」
そう言ってはっはっはっと笑う。よく考えたら奴らの仲間が襲ってきたかもしれないんだった。ちょっと無責任だったかな? いや、助けただけでもありがたいと思ってもらわないと。
「キュー、あなたに言っておくが、こういう場合は一旦ギルドに報告してくれるとありがたいのだが」
あー、勝手に動いちゃダメってこと? でも緊急避難だよね。
「なんでもそのまま薬草採取に向かったそうじゃないか」
そっちかあ。確かに。でも、薬草採取しないとご飯が食べられないんだよね。ということを主張してみる。そうしたらギルドマスターははぁ、とため息を吐いて、エレノアさんに合図した。
「はいこれ。今回の報酬よ」
そう言ってお金の入った袋をドサッと置いた。えっ、私まだ薬草換金してないよ?
「情報料と盗賊の捕縛による賞金よ」
情報料! そういうのもあるのか。情報にお金を払うというのはこの冒険者ギルドはリテラシーがしっかりしてるんだなあ。
「それから、こちらは私からのお礼でございます」
ずしり、と重い袋を取り出すトムさん。こりゃまた大分と多いお礼だこと。なんかやらせたいとか? 受け取っていいのかなあ?
「私だけでなく、妻や娘、使用人の命まで救っていただいたのです。命の値段としては少ないとは思いますが」
命の値段ねえ。あの研究所では命の値段なんて二束三文だったと思うんだ。私ら実験動物だったもんね。国が管理してたとかいう話もあったから国の所業なんだけど。まあこの世界にはないからいいか。
「分かりました。素直にいただきます」
いくら入ってるかは分からないが、当分は仕事をしなくても暮らしていけそうだ。となると家が欲しいと思う。いや、身の回りの世話なんて自分じゃ出来ないから宿の方が都合いいんだけど、実験してみたいこととかあるからね。
「衛兵たちの一部を捕らえた事で、動きが慎重になるかもしれん。くれぐれも注意してくれ」
「捕らえた奴らじゃ代官の証拠にはならないんですか?」
「残念ながら街から離れていたということもあり、「そいつらは素行が悪かったからクビにした」と言われてそれ以上は追及出来なかった」
トカゲの尻尾切りだ。こういうのはよくある話で、実験を焦って失敗した研究員がいつの間にか居なくなっていたりした。私の能力開発に頑張ってくれたお姉さんもいつの間にか居なくなってたなあ。頭を撫でてくれたのはあの人だけだった。
「あの子たちが出くわせば大丈夫だと思うんだけど」
エレノアさんがぽつりと呟いた。そこにバタバタと駆け込んできたのはビリー君。
「どけよ! エレノアさん、エレノアさん、大変だ、リリィが、リリィが!」
ビリー君の慌てっぷりにかなりな事件が起きたのだとわかった。
「落ち着きなさい。水門 〈静寂〉」
ぽわわと柔らかそうな水色の光がビリー君を包み込み、ビリー君は心配そうな顔をしながらも落ち着きを取り戻したようだ。
「それで、リリィちゃんがどうしたの?」
「リリィが、衛兵に連れて行かれて、オレ、見てるしか出来なくて、それで」
ビリー君が悔しそうに唇を噛み締める。リリィちゃんがさらわれた経緯はこうだ。
その日はビリー君も掏摸とかしないで地道に働いていたんだそうな。働く場所は色々あるが、早い者勝ちの人足なので仕事にありつけるかどうかは運次第だ。運良く、いや、運悪くなのかもしれないがビリー君は仕事にありつけた。
一日の仕事を終えて帰ってくるとリリィちゃんが嬉しそうに出迎えてくれていた。ビリー君は笑顔で駆け寄ろうとした時、衛兵がリリィちゃんを抱え上げたそうだ。
「だれ、あなたたち?」
「こいつだ! 連れて行きゃいいんだろ?」
「あっちの小僧はどうする?」
「いっぺんに二人も運べるかよ。こいつだけ連れて行くぞ」
そんな会話が聞こえてきた。ビリー君は連れて行かれてたまるかと衛兵に噛み付いたが、殴られて地面に転がったんだとか。確かによく見たら顔に傷が出来ている。
そのままその誘拐犯の衛兵は去っていった。ビリー君は痛む身体を無理やり動かして冒険者ギルドまで来たということだ。
一連の話を聞いてリリィちゃんをさらった理由が分からない。こいつだ、と言っていたという事は誰でもよかった訳ではなくてリリィちゃんを狙ったということだ。
誰かがリリィちゃんに目を付けた? まあリリィちゃんは可愛いもんね。もしくは誰かの恨みを買っている? ビリー君なら掏摸をやってたから可能性はあるが、リリィちゃんはそういうのやってなかったはず。となればビリー君に対する嫌がらせか?
取り留めもないことを考えても仕方ない。まずはリリィちゃんを見つけないといけない。手がかりがあればいいんだけど。
「そういう事ならこれの出番ね」
そう言ってエレノアさんが取り出したのは一枚の板。なんかアイパッドみたいなやつ。研究員とかがよく持って歩いていたやつだ。
「これはね、対応する魔道具を感知する道具よ」
そう言ってエレノアさんが魔力を流すと黒いところが水鏡の様に光景を映し出す。この光景は、この部屋?
「これはビリー君のところを映し出したもの。じゃあリリィちゃんに切り替えるわね」
そう言うとリリィちゃんの方は地下室だろうか、薄暗い部屋の中が映る。リリィちゃんはぐったりしている。
「おら、起きろクソガキ!」
ドカッとドアが蹴り開けられた。そこに映っていたのはあのイケメンウェイター。確か名前はボンだかボブだかそんな感じ。
「ひっ!」
「おうおう、怯えてんなあ。気持ちいいぜ。待ってろよ。直ぐにお兄ちゃんも連れてきてやるからな。祭りはそれからだ!」
そしてひゃははと笑うウェイター。見てるだけでイラッとする。