乱闘(episode10)
パチンコ屋ってほとんど出入りしないんですよね。
凪沙も私も普通に仕事があるので凪沙には一旦帰ってもらった。私は朝からのシフトなのでそのままホールに向かう。
「おはようございます」
挨拶をして中に入る。凪沙は居ないけどそれなりに仲良くなったスタッフは居る。というのも出玉を運ぶのを率先してやってたら感謝されたのだ。まあ、身体強化使えばそこまで重くないしね。
朝からぱちんこ屋に来る人間はろくな奴が居ない、というのは私がここのところの短い期間で感じた事である。
それでも若い女性客はそこまででもない。なんでも夜職?とかいう人の夜勤あがりでぱちんこ打ってる人が多いからだ。
「あー、ティアちゃーん、お水くれる?」
声を掛けて来たのはアケミさんという常連客。まあ夜勤明けに来てお昼過ぎに帰っていく客だ。なんでもぱちんこの音を聞いてるとひとりじゃない気がして好きなんだと。まあそういうのあるよね。
「はい、お水です」
「ありがとう。この台出る?」
「どうでしょう? 出て欲しいですね」
「だよねー」
そんな軽口を叩きながらどこか遠くを見てる様な顔をする。アケミさんは出た玉の分だけお菓子とタバコを持って帰る。本当に出るかどうかこだわってない感じだ。時間潰しというかぱちんこしてる時間を楽しんでるんだろう。
「おい、出ねえぞ!」
そしてアケミさんが良客代表なら、悪い客代表はこいつだろう。ハゲ頭にサングラスかけて、ド派手なシャツに白いスーツ。顔は強面。頭に血が上ると台を遠慮なくガンガン叩く。
「知りませんよ。頑張ってください」
こいつ、リュウジはほぼ毎日店に来る。それも開店前からならんで夕方過ぎに帰っていく。勝つこともあれば負けることもある。でも、こいつは常に勝ってないと嫌なようで色々嫌な行動を取ったりする。
「おい、ティアちゃんよ、オレの女にしてやろうか?」
「あー、いや、結構です。間に合ってます」
最近は私に声を掛けてくることが多い。視線が私の胸に集中してるのでわかりやすい。まあ大きさで言えば凪沙もかなりのものだけど。
今日も出玉の調子が悪いのか、台をガンガン叩く。止めればいいのだが、なんでも暴力団がどうとかで暴れる可能性があるんだと。私に出来ることは台が壊れないように物質強化をかけておく事だけだよ。
「おうおう、今日も暴れてんなあ」
そう言って入って来たのはヒロシ。何をやってるか怪しさ満点の人だ。今日はお酒を飲んでいるのかちょっとご機嫌な様だ。
「リュウジさんよお、そんなにかっかしてたってパチンコは勝てねえよ? 落ち着いたらどうだい?」
「うるさい、酔っ払い。これみよがしに飲んでんじゃねえ」
「うっひっひっひっ。ちょっと小金が入ったからねえ」
ぱちんこを打つこともなく、リュウジの周りを回り始める。怪しさ満点だが、特にぱちんこ屋の仕事には関係ないのでスルーする。
他のお客さんに呼ばれて出玉を運んだりしてるとさっきのリュウジとヒロシの方からガシャーンという不穏な音が聞こえた。
「えっ? 何事?」
私がびっくりして見に行くと、リュウジとヒロシが通路で睨み合っていた。床にアケミさんが突っ伏してる。まきこまれたのだろうか?
「アケミさん、大丈夫ですか?」
私は慌てて駆け寄った。額を切っているのか血が流れている。止血、いや、治癒してしまった方が早い。幸いにして私は治癒術は苦手では無い。この程度の傷ならば痕も残らず治せる。
「水門 〈癒しの水〉」
緑色の柔らかい光が出て、アケミさんの傷が塞がり、血が洗い流されていく。良かった。何とかなりそうだ。
次に睨み合ってるリュウジとヒロシの方に行く。よく見るとリュウジは手に刃物を持っている。
「来いよコシヌケ。刺す度胸なんてねえだろ?」
「てめぇ、刺されてから後悔するんじゃねえぞ!」
「無理無理あははー」
「ぶっ殺す!」
どう見ても事件だ。いや、殺意はともかく、怒りで我を忘れてるのだろう。こういう時は刺されてから治す? いや、それは痛いし、刺された痛みでショックで気を失ったりするかもだもんね。何より内臓とか損傷したら治すの手間だし。外傷と違ってちゃんとした正常な形の臓器とか思い浮かべないといけないんだよね。
「死ねえええええ!」
刃物を持って身体ごとぶつかろうとする。鎧を持ってなければ捨て身の一撃としては悪くない。でもその後を考えないとだからね。
「身体強化、並びに土壁」
素早く回り込んで手の中に土の塊を生む。刃物は深々と土の塊に刺さった。私の手? ああ、うん、大丈夫。
「なっ!?」
「はい、大人しくしてね」
「うるせえ、てめぇから始末してやる!」
ここまで来ると正当防衛だと思うので、懐からナイフを抜いて、リュウジの刃物を弾き、肘打ちを腹に決めて気絶させた。そして相手側のヒロシは、床に座り込んでいたので、厳重注意しといた。
やがて、なんかサイレンの音が聞こえて、リュウジがパトカーとかいうやつに連れて行かれた。なんでも、私もあとから行かないといけないって言われちゃった。凪沙についてきてもらえるかなあ?
夕方にオーナーに報告したら頭を抱えていた。あ、もちろんお礼は言ってもらったよ。店で客が暴れたのは私のせいじゃないからね。
凪沙は来てそうそうに私と一緒に警察署に行く事になった。いつものようにタケルも来てた。最初、二人が顔を合わせたとき、なんか真っ赤になってモジモジしてたのは不思議だったなあ。
警察まではタクシーをオーナーが手配してくれたので、乗り込んで出発。十分くらいで大きな建物に着いた。中は意外と静かで私たちがぱちんこ屋での事を話すと奥の部屋に通してくれた。そこに居たのは若いがっしりした大男と、歳はいってるが眼光が鋭い小男。小男は座っていて大男が立っているので、おそらくは小男の方が偉いのだろう。
「やあ、お呼び立てして悪かったね」
「いえ、大丈夫です」
「刑事課の若林だ。それじゃあ早速お話を聞かせてもらえるかな?」
そう言って私たちが座ったらお茶を勧めてくれながら話を促した。