第八十九話&episode89 減刑
終わらんかった。
二人が目を覚ますと白い部屋に居た。いや、もう白い部屋と言うのは相応しくないのかもしれない。
基調は白。だが、置かれているものは色とりどりだ。ベンチは赤褐色のマホガニー色。そこに柔らかそうなクッションが置いてある。クッションの形は人の形に凹みがついており、誰かしらがそこで寝転がっていたようである。まだ温かいからついさっきまで居たのだろう。
前にあったソファーは無くなったのかと思ったが、これはこれで隅っこの方に置かれてあった。よく見るとソファーの座る部分がシミになっており、これを掃除するのが面倒だったから新しいのを入れたのかもしれないと伺わせる。どこまでズボラなのか。
足元の絨毯は無地。色は薄いモスグリーン。前と変わらずセパレートだ。前に見た時よりも少し新しくなってるような気がしたが気のせいだろう。モスグリーンも元々の色でカビが生えてるとかじゃないはずだ。
周りに生えている木は果物だけでなくなってる。いや、どんぐりは果物なのか分からないけど、イチョウは違うだろう。銀杏は果物ではないと思う。いや、ドリアンだって臭いがすごいけど果物だし、一概に臭いでは決め付けられないか。カエデもあった。もしかしたらサトウカエデなのだろうか? 二人とも植物には詳しくない。ふと思いついてキューは鑑定を、ティアがスキルの鑑定を使うとどっちも「樹液から甘味料が取れる」とあった。サトウカエデだろう。もしくはその近似種だ。
木の生えている真ん中にテーブルがセッティングされている。よく見るとそこには誰か先に座ってお茶をしているようだ。数人立ってる人間もいるようだが、その中に見た事ある顔を見つけた。おかっぱの髪、純朴そうな顔、間違いない。
「ティア様、キュー様、おかえりなさいませ。対有機生命体奉仕用ヒューマノイドインターフェース、セリオースでございます」
彼女は私たちに気付くと足を動かすことなくスーッとこっちに寄ってきた。ホバーか? ホバーなのか? スカートの下はドムなのか? 確かに足元は隠れているのだけど!
「あ、お迎えありがとう。あちらの方はよろしいの?」
「もちろんです。しょっちゅうサボりに来てますから」
そのセリフで、テーブルに座ってる人物が誰かすぐに分かる。彼女は私たちに気付くとこっちにブンブンと手を振った。
「あ、ティアちゃん、キューちゃん、おかえり!」
「サボって罰を受けていたのでは?」
キューが呆れたように言う。創造神はティアとキューの手を取ってブンブンと上下に手を振るった。
「ほんと〜に、ありかとね! あなたたちが減刑を嘆願してくれたお陰で早くに解放されたわ」
「正しくは解放されたのではなくて、執行猶予というものです」
「シャバに出ちゃえばこっちのものだもん!」
セリオースのツッコミにも動じることなく創造神は胸を張る。まあ、調和神も色々やること多いと言ってたしな。この人の職責は本人に全うさせるのが一番なのだろう。大丈夫なのかは知らない。
「さあさあ、座って。積もる話もあると思うから」
「いや、私たちには特に」
「話すようなことは何も」
「いいからいいから! セリオース、お茶をちょうだい!」
「ご安心をもう用意してあります」
いつの間にかセリオースが別のティーポットを持っていた。さっきの安物チックなものとは違うものだ。
「えっ? それ、私には出してくれなかった高級なやつじゃん! ズルい!」
「調和神に二人が来たらこれでもてなすようにと言われております。抗議はそちらへ」
「ぐぬぬ……」
どうやら調和神の計らいの様だ。有難く享受しようと二人して着座する。確かにとても香ばしいお茶の香りが辺りに広がった。創造神は悔しそうにしているが、それでもお茶をついでで淹れてくれる気配はセリオースには無さそうだ。
ちなみに今日のデザートはアップルタルトの様だ。これは創造神にも提供されている。まあ、ティアとキューだけ食べてて創造神は無しというのはあまりにも惨いと調和神が言ったのか、どうせ余るから残飯処理をさせようというセリオースの思惑なのかは分からない。
「それで二人ともどうなの?」
「どう、というのは?」
「ほら、世界の危機に直面したとかそういうの」
「それが起こった場合は創造神が対処しないとまずいのでは?」
「うん、だから聞いときたいと思って」
どうやら下界の観察をサボってる様だ。いや、サボってるのではなくて戻ってきたばかりで分からないのかもしれない。ちなみにこれが正解なのだが、戻って真っ先にやる事がティータイムというのは現実逃避なのかもしれない。
「檮杌というバケモノを退治したくらいで他には何も。なんでも四凶がどうとか言ってた」
「はぁ!? 四凶ってあの、アリュアス様が倒したって言われてる饕餮みたいなやつ!? どうやって!?」
「公爵家のテオドールが倒した」
「新たな英雄の誕生ね」
ティアがしみじみと呟く。実際、檮杌を倒したのはキューのおかげでもあるんだが、キュー本人はそんなことはおくびにも出さない。
「私の方は鷹月歌とかいうところの人にボディガードを頼まれたわ」
「鷹月歌って、八家筆頭じゃない! どこまでズブズブに浸かってるの?」
「スキー行ったらクマに襲われてて瀕死だったから倒して延命させたら感謝された」
「クマ? なんでスキー場でクマ? 普通はスキー場までクマが来る事無いわよ? そういう安全管理はしてるし」
「コースから外れた崖の下だったからね」
「なんでスキーで崖の下まで滑ってんの?」
キューがティアにツッコミ入れながら状況整理をして居た。創造神は檮杌という四凶の暴走に心当たりがあった。おそらくは自分の不在時にセーフティが解除されていたのだろう。それはもしかしたらもうひとつの世界でも同じかもしれない。
そんな事を思いながらも、創造神はお茶会を辞める気などないのだった。