第八十八話 解体
解体作業、キューにやらせようと思ったけど、本人がやりたくないって。
檮杌を冒険者ギルドまで運搬しました。本来ならグレックス子爵領にある冒険者ギルドに持って行くべきなのだろうが、ここにはそこの関係者は一人もいない。
子爵領の軍隊が敗北したのを見て、冒険者ギルドは我関せずとばかりに窓口を閉めたそうだ。まあ自領の軍隊でダメなら冒険者でもダメだろうな。いや、金級がいれば何とかなったのかもしれないけど、ちょうどというか長い間不在なんだって。まあそりゃあそうか。旨みがないもんね。
王都ならそれなりに仕事もあるし、貴族たちから払いのいい仕事が貰えるかもしれない。貴族というのはメンツが大事だから冒険者に依頼する時は高額になりやすいらしい。それもまた名声を得る為の手段なのだろう。まあ中にはケチくさい奴もいるみたいだけど。
エッジなら仕事には困らない。死の森が近くにあるのだ。いくらでも稼げる。もちろんそれなりの実力があればの話だ。なければ単なる路傍の物体になるだけの話だろう。
他にも港町だとか、迷宮都市だとか、鉱山都市だとか、そういう場所にはそれなりに人がいるらしい。まあ金級がいるかどうかは分からないが、王都とエッジにはだいたいいる。いや、エッジの金級はフラフラと森に入っていって居なくなったりしてるけど。
まあともかく、檮杌はエッジの街に運ばれた。私は解体作業場に着いて檮杌を出そうと思ったが、広さが少し足りない様だった。だから街の外れの川の近くに出す事になった。
みんなが見てる中でアイテムボックスから檮杌を出す。まあみんなって言っても知ってる人ばかりだからなあ。知らないのは解体作業の為に集められたギルド職員だけだ。
「でけぇな」
「こ、こんなのがいたのかよ」
「動かねえよな? 襲ってこねえよな?」
私のアイテムボックスは生きてるものは入らないようになってるからまあ死んでるのは間違いない。檮杌が万が一植物だったら知らん。薬草とかは抜いてすぐアイテムボックスに入ったし。
「マスター、やらせてもらいやすぜ!」
気を吐いているのはギルドの解体作業員のトップ、ゲントさんだ。年齢的にはかなりお年を召していらっしゃるが、まだまだ元気な御年寄だ。六十は過ぎてそうだけど。
「どぉりゃァ!」
掛け声と共に解体用のナイフを腹に突き立てる。解体作業をどこからやるかというのは腕の見せどころだろう。ゲントさんるは腹の辺りにまず刺してみる事にしたらしい。だが、ナイフは刺さらない。腹筋が死してなお刃物を拒んでいるのだ。
「ちっ、ならば肛門だ。ケツの穴から切り取ってやるぜ!」
あんまり乙女(わたし、わたし!)の前で肛門とかケツの穴とか言わないで欲しいな。えっ、最初に薬草を素っ裸で持ち込んだお前が言うな? そんな昔のことは忘れたよ!
「ケツの穴が……どこにもねえ!」
ゲントさんが驚愕していた。まあそりゃあそうだろう。生物である以上は食事や排泄は必要なはずだもの。でも、確かこいつは食事を必要としないとか言ってなかったか? となれば排泄器官がなくても道理だわ。
「くっ、他に柔らかい場所は……ぐぬう、どこだ?」
ゲントさんは明らかに狼狽えている。そしてギルドマスターにどうやって倒したのかを聞きに行った。でも、アリュアスさんは雷光剣を弾かれてるからね? ほら、苦い顔をした。
「それは私ではなくて、公爵家のご子息であらせられるテオドール殿下に聞いてくれますか?」
「アリュアス殿、殿下はやめてくれ。あんたほどの英雄にそんな呼ばれ方をされるのは恥ずかしい」
「しかし、今回私は役に立たなかったのだ」
「相性の問題だし、キューの奴が居なかったらオレも無理だったさ」
こっちに飛び火してきた! ゲントさんが貴族には気後れしてるが私が相手なら気後れしないのだろう。怖いくらいの勢いで迫ってきた。
「おい、何をやったんだ?」
「別に大したことは。単にこうやって刃物の周りをコーティングしただけで」
実際に力場をナイフの周りに展開してあげた。ゲントさんはそれを恐る恐る近付けて、腹にナイフを突き立てた。ぐさり、と音こそしなかったが、ナイフは多少の反発を見せながらも腹に埋もれていく。
「おお、おお、おお、こりゃあすげぇな!」
興奮した状態でゲントさんは刃物をずらしていく。力はいるようだが刃物は確実に檮杌の肉体を切り裂いていく。
「久々に切れちまったって感覚を味わったぜ。初めてこのミスリルナイフを使った時以来だ。すげぇな、あんた」
ゲントさんにとても感謝された。腹をかっさばいたあとは割とスムーズに解体は進められた。ビリー君も手伝い要員みたいな形で駆り出されていた。どうやら解体作業員の道を目指すらしい。よし、頑張れ。なお、リリィちゃんは時々カウンターで冒険者の癒しになっている。いい受付嬢になるよ。出来たらハンマー持って残業無くす為にダンジョンボス討伐したりしないで欲しい。
鑑定で檮杌の肉は食えない事が分かっているので後で燃やしたりするらしい。燃えるのかどうかは分からない。私の発火なら燃えるかもしれないけど。
改めて無事だったみんなによる食事会が開かれた。まあなんだかんだで酒飲みたいのは分からんでもない。エレノアさんも珍しくお酒飲んでる。シノブさんもだ。この二人は飲まないのかと思ってた。
なお、エレノアさんはキス魔だったし、シノブさんは脱ぐ人だった。これは私たち三人だけの秘密だ。秘密ということにしておこう。私たちは男たちと別に3人で飲んでたからね。
家に帰るのも面倒なのでギルドの宿直室に泊めてもらう事になった。そういえばここに泊まるのも久しぶりだな。この世界に来たばかりの時に泊まったもんね。あの朝出会った副ギルマスが敵のスパイってのもびっくりしたけど。
あー、なんか、能力使い過ぎて眠いな。お布団気持ちいい。明日は何を、しよう、かな? おやすみなさい。