帝王(episode87)
なかなかハードな人生
とにかく滝塚、改め鷹月歌裕也という人物は本人曰く「傑物」なんだそうな。鷹月歌の本家に産まれて、帝王学を学び、群がるライバルを蹴散らし、現在、次期の次期に当主になるだろうと言われている。いや、下手をすると親を飛び越して当主になるかもしれないと。
「ぼくはまだぶらぶらしていたいんだけどね」
そんな時にアメリカ連邦の巨大コングロマリットのパラソルグループの令嬢との婚約が決まったそう。そんな巨大企業グループとの提携が決まれば、裕也の鷹月歌内での立場は高まるし、対外的にも他の八家に大きくリードする事になる。
鷹月歌か四季咲か、という八家内の権力闘争は表面化してないものの、水面下ではかなり激しく動いている。その過程で裕也はタケルと知り合ったのだという。次期四季咲のトップに候補として挙げられた若き俊英。……これ、十中八九、あの爺様が一人ではしゃいだんだろう。諾子さんの子どもだもんな。
果たして会ってみて話してみたら本人はそんなのまっぴらだと言う。「ぼくは古森沢だから」と四季咲の継承権を放棄してみせた。へぇ、タケルってばなかなかかっこいいことやるじゃん。
「それからぼくはタケルには一目置く事にしてるんだよ」
「だからぼくは本当に継ぐつもりなかったからね」
「四季咲の権力を知ってて、資金力を知っててそんなセリフを吐けるなんて常人には出来ないだろ」
「ぼくが自分の力で得たものでもないのに誇れるものかよ」
「……そういうとこだよ」
裕也さんは不敵に笑った。もしかして裕也さんが好きなのってタケル!?とか思う場合は腐ってるので病院を勧められるか、処置無しとして匙を投げられるかだよ。
「誤解しないで欲しいけど、ぼくは女性が好きだし、第一、婚約者の女性も素敵なレディなんだ。彼女の事は間違いなく愛してるよ」
やれやれご馳走様だ。ちなみにその女性はアメリカ本国で日々頑張ってるらしい。ん? こっちに来れない年齢なのかな?
「しかし、タケル。君はぼくと同じ信条だと思ってたんだけど、どっちの子も凄いスタイルじゃないか。宗旨替えしたのかい?」
「……いや、宗旨は変わってないよ。好みで言えば未だにそっち側だ。ティアは成り行きだったけど、凪沙は……まあ特別だよ」
「たっ、タケル!?」
ボムッと凪沙の顔が赤く染る。いや今更かよって思うけど、そっち側ってなんだろう。スタイルの話してたからおそらくはあんこ型かソップ型かみたいな話だろう。雲龍型か不知火型かだっけか?
「ええと、その、命を狙ってる人間に心あたりはあるんですか?」
「身内の恥を晒したくはないんだけど、候補としては何人か。まず、父親。これは順当にいけば数年内には当主になれるはずだったのにぼくが急遽当主候補に浮上してきたからだね」
まさか実の父親が相手なの? いや、これはまだ確定じゃない。飽くまでこの裕也さんの予想だ。
「次にアメリカ連邦の過激派、純粋アメリカ主義というかぼくの婚約者、メアリー嬢を国際結婚させたくない勢力だね。メアリー嬢は美人だからライバルも多くてね」
この場合、メアリーさんが美人だからとかその辺はあまり関係ないだろう。八洲八家筆頭の鷹月歌とアメリカ連邦のコングロマリット、パラソルグループがくっつくのが都合が悪い人たちってのはいるんだろうね。
「更に言えばぼくと同年代の鷹月歌の当主候補たち。父ほどでは無いが、その次代を狙ってる奴らだよ。父の後なら目はあるけど、ぼくが先に就任しちゃうと年齢的につらいからね」
そういうのもあるのか。まあどれだけ優秀でも歳には勝てないし、老衰待って世代交代とかあるなら裕也さんが今就任するのはまずいのだろう。
「他には四季咲もかな?」
えっ? とか思ってたらタケルが説明してくれた。
「確かに、四季咲の中でも鷹月歌がパラソルと協力体制になるのに危機感を抱いている奴らが居る。まあぼくにその女の子と結婚しないかと持ちかけて来たバカも……ぐぇ!」
「ちょっと! 私、そんなこと、聞いて、ない! んだけど!?」
「待って、落ち着いて、凪沙、断った、断ったから! 見合いなんてしないから!」
タケルの言葉の途中で凪沙がタケルのタキシードに手を伸ばし、前後にカクンカクンと揺さぶっていた。タケルが慌てて否定したのでそこまでの被害は出ていないと思う。
「やれやれ、ご馳走様だね。四季咲はタケルじゃなかったら他のやつでやるかもしれないよね」
「やるなら四季咲は別のコングロマリットを選んで提携するだろうからね。いくら薔薇連隊みたいな部隊があってもそういう裏工作はまだしないさ」
完全にしないという訳ではなくて、今はしないと言うタケルに裕也さんは「正直者め」と楽しそうにしていた。
「最後がぼくの妻の座を狙っている人間……だけど、ぼくを殺そうとするには動機が弱いよね。殺すなら結ばれて遺産が受け取れることが確定となってからだろう」
まあ結ばれる前に殺してたら結ばれないもんね。本当に裕也さんのことが好きで、今世いでで結ばれなくても来世で結ばれたい!みたいな人でないと有り得ない。
私はそのどれでもない。というか一番怪しいのはアメリカ連邦の勢力だけど、そんなわかりやすい格好はしないし、第一、私は古森沢になっている。
「タケル、私、この人ほっとけないんだけど」
「ありがとう、ティア。ティアがダメならぼくから頼もうと思ってたんだよ。裕也をよろしく」
「タケルは凪沙をよろしくね。私の大事な親友なんだから」
「あっ? え? おっ? その、まあセキニンは取るよ」
そのセリフにもう一度販売バフンと顔を赤くする凪沙。いちいち仕草が可愛すぎるんだが。
タケルはオーナーに今後のことを伝えてくれる、と旅館に帰った。後で私の荷物を持ってきてくれるんだって。まあ大したもの入ってないけど。しかし、妙なことになったもんだ。とりあえず今晩からこの高そうなホテルに泊まって欲しいんだとか。あっ、お風呂入ってきていい?