正体(episode86)
これで八洲八家全部出ました。疲れた!
保乃さんは緊張感がオーバーヒートしたらしく、食事を終えると同時にぱったりと倒れてしまった。こういう時のために控えてるのかウェイターの方が運んでいた。うむ、なかなかの筋肉だわ。私も抱かれたい。
「いかがでしたか?」
「そうですね。僧帽筋あたりは好みですね」
「あの肉にそんな部位がありましたっけ?」
「あ、いえ、すいません。少し考え事をしてまして。とても美味しかったです」
どうやらさっきの人の筋肉じゃなくて料理の話だった様だ。危ない危ない。食後にはお茶が運ばれて来ていた。なんでも健康と脂肪の燃焼によく効く薬膳茶らしい。燃焼系アミノ式お茶ってやつか。鑑定で見てみると確かに脂肪を分解する成分のようだ。まあこれよりも強く出来るんだけどここで錬金術を使う訳にもいかないからなあ。
「それではまず、話させていただきますが、単刀直入に申し上げます。私のボディガードをして頂けませんか?」
ニコニコと笑いながらそんなことを言う。私のようなか弱いナイスバディな(ここ重要)女の子にボディガードを頼むなんて、どうかしてる。
私はボディガードの仕事は「抑止力」だと思ってる。例えばクローンヤクザみたいな見た目の黒服の男たちがたくさん密集してるところに突っ込もうとはしないだろう。そんなのやるのはニンジャスレイヤーくらいのものだ。アイエエエ!? ナンデ、ニンジャナンデ!? というのは信じられないからこそ出てくる言葉なのだ。多分。
そのボディガードが私みたいなか弱い(大事なことなので二度言いました)女性なら抑止力どころかカモネギに見えてしまうだろう。カモは鍋よりもフォアグラと一緒にしたテリーヌが美味しかった。
「抑止力、という面で言うならどの道ぼくは狙われているので無意味なんです。だから実力のある方にお任せしたい」
「あの、私をどうして」
「瀕死になったぼくを蘇生させてくれて、あの大きなクマを倒してくれた方ですから」
? よく分からない。クマぐらい倒せるんじゃないの? 魔物でもないクマなんて駆け出しの冒険者パーティでも倒せる……
そこまで考えてそういえばここは魔法とか剣とかない世界だったということに思い当たる。そして、素手でクマを倒せるような人なんて滅多に居ないということも。
ちなみに窓際の方の席で「クマァ!?」とか叫んでる私とタメをはるくらいのおっぱいの女の子(こっちはか弱くないよ)がいて、それをなだめてるヒョロガリ君も居るのだけど。後でなんか聞かれるかなあ?
「あー、あの、私はこの度、会社の人と一緒に来ていますので勝手な行動は出来なくて。その、この会食も何とか許可を貰って来た訳でして」
「そうですか。残念だ。あなたのような方にいてもらえればぼくも命を存える事が出来るかと思ったのですが」
そういうの反則! つまり、私がボディガードにならなかったら殺されちゃうって意味じゃない。私は黒峰さんを見た。黒峰さんは大変申し訳なさそうに顔を伏せていた。むむう、これは困ったぞ?
正直、なんで命を狙われているのか分からないと私は引き受けられない。最悪の話、この人の誇大妄想、というか被害妄想なんかもしれんし。空が落ちるのを心配した杞の国の人の憂いの例もあるしね。
「もう少し詳しい説明をしてもらっても?」
「あまり、引き受けてくださらない方に説明はしたくないのですが……それなら他の客が出てから話させてもらってもいいですかね?」
それを聞いて窓際の席からガタン、と凪沙が立ち上がった。タケルが慌てて止めようとするが気にせずこちらに歩いてくる。
「話は聞かせてもらったわ!」
「凪沙!」
凪沙は滝塚さんにビシィッと指を突きつけた。そのドレスでそういう事するのは似合わないけど様にはなってるよ。あと、歩きにくいはずなのにタケルが追い付けない速度でこっちまで来たのは凄いね。いや、タケルが運動不足なだけだろうか?
「君は?」
「私はティアの保護者よ!」
あの、いつ凪沙が私の保護者になったの? あーいや、最初の方はそうだった気がする。牛丼屋も教えてもらったしお金の使い方とかもそうだった。
「そうですか。ぼくは滝塚裕也……」
「裕也、その子には隠さなくていいよ」
「なっ、タケルかい? 気付かなかったよ」
「ぼくも緊張してたから気付かなかったからお互い様だよ。まさかこんなところで会うなんてね」
「四季咲の御曹司が知り合いとはね」
「やめてよ、ぼくは古森沢だ。その事に後悔はしてないし、誇りも持ってる」
「はは、参ったね。タケルの手駒だったのか」
「手駒って言うなよ。ティアは、たまたま出会った友達だ」
二人だけで話をしている。なんだろう。タケルの知り合いってこと? しかもあの伽藍堂のバカと敵対してた時と違ってなんか憎まれ口を叩きながらもお互いを思ってるみたいな。 もしかして、これは腐臭ってやつか? 腐ってやがる遅すぎたんだ。
「……ティア、なんか誤解してるみたいだから言っておくけど、ぼくと裕也はそういう関係じゃないからね。単なる友人、そうだね、八家の中では仲のいいやつだよ」
「ぼくはタケルの事を親友と思ってたんだけどね」
「嘘は言わなくていい。裕也は誰も友達と思ってない。それは見てれば分かるよ」
「そんな事をズバリと言ってくるのはタケルだけなんだけどな。しかし、タケルが居るなら本名を隠す必要も無い」
そう言って滝塚さんは立ち上がると優雅に一礼をしながら自己紹介を始めた。
「我が名は鷹月歌裕也。八家がトップ、鷹月歌家の御曹司にして、後継者の中でも俊英と呼ばれている帝王の器である。平伏せとは言わん。刮目せよ」
尊大さが二割くらい増した気がする。先程までの温和な人物ではなく、覇気を纏ったひとかどの人物の様だ。私も凪沙もびっくりして何も言えなかったがタケルだけはやれやれとため息を吐いていた。
「裕也、そういうのはいいから。だいたいぼくがいるんだからやらなくていいだら?」
「いや、一応やっとかないと鷹月歌のイメージってものが」
どうやら漫才の出だしだったらしい。