渦潮(episode84)
魔法、使っちゃいました。というかイマイチ使っちゃいけないって思ってないんだよ、こいつ。
「ええと、ティア・古森沢よ。よろしく」
「古森沢? 君は古森沢の人間なのかい?」
あきんど、と聞こえた気がした。よくよく聞くと古森沢は蔑称としては「庶民」、通称としては「商人」がまかり通ってるという。知らんがな。まあ、古森沢は割と庶民寄りだから蔑称を使うのは八家の他の家が多いらしい。
「ごめんなさい、養子なのでよく分からなくて」
「なるほどね。優秀な人間を遠慮なく取り込むのはさすが古森沢だね」
「随分詳しいんですね?」
「そうかい? ある一定以上の教育を受けていたら割と常識だと思うけど」
それって私が教育受けてない山ザルみたいな奴って意味にならないかな? なるよね?
「滝塚さんは学生なんですか?」
「あー、学生では無いね。卒業したての社会人一年生だけど」
なるほど。社会人一年目で羽目を外したのかそのまま崖からダイブしたんだね。危ないなあ。
「でも、ここって迷い込むようなところじゃないよね?」
「うん。まあ、なんというか、命を狙われたのかもしれない」
物騒な話が飛び出した。この人、暗殺とかされるくらいに身分がやんごとなき人なのかな?
「ぼくには婚約者が居てね。ぼくには勿体ないくらいの美人なお嬢さんなんだ。その彼女を狙ってぼくを亡きものにしようとしても不思議じゃあない」
つまり、女を挟んであれこれしてる愛憎のもつれってやつか。知ってる知ってる。お昼のドラマでなんかやってるやつだ。となれば金持ちでなくとも争いの火種にはなるね。
というかよく見るとこの人、顔立ちが整ってるんだよね。いわゆるイケメンってやつだ。私の趣味では無いけど。筋肉が足りない。
「その婚約者さんって黒髪ボブの人?」
「えっ? いや、ぼくの彼女は金髪だけど。そうだね、君みたいな金髪。あ、八洲の人間じゃあないよ。国際結婚ってやつだ」
「えっ、じゃあ黒髪ボブの子は?」
「多分ぼくの秘書をやってる黒峰君だろう。姿が見えなかったから心配したが無事なら良かった」
秘書が付いてるとかやっぱりエグゼクティブじゃないのか? いや、その辺は帰ってから聞いても遅くはないだろう。とりあえず食事が終わったし、そのまま下山しよう。
「ここからの道筋は分かるかしら?」
「さすがにコースから外れてるから現在位置も分からないね。多分あっちで正解だと思うけど」
滝塚の言葉に私は納得しながら下山の道を探す。一人ならもっと楽に帰れそうではあるんだけど、目撃者がいるなら頑張って帰らないと見つかったらコトだ。
とりあえず滝塚に肩を貸す。まだ足は治りきってないと思うので。というか精神的に足腰が立たなくなってるみたいなので仕方ないだろう。婚約者の方には勘弁してもらうしかない。
私はこっそり身体強化をして滝塚を支える。そりゃあ雪道だもの。なんの強化も無しにあそこから帰れるとか無理無理。私はか弱い女の子なのです。キャハッ!
下山のルートはよく分からなかったので、まずはゲレンデの上級者コースに移動するのを心掛けて移動した。崖があったので高低差はかなりあったんだけど、そのうちに均された雪の地面と、ご対面した。
ちなみに保乃さんは多分黒髪ボブの女性を連れて下山してるだろう。下で凪沙やタケルと会ってるのかもしれない。二人きりにしたいとは思うけど、非常事態だもんね。
スキーのコースに戻ったら今度は下まで滑る訳にもいかないから、滑ってる人の邪魔にならない様に端っこを通る。雪道は歩きにくいけどそこは仕方ない。
上から次々とスキーヤーが通り過ぎていく。時々、ギョッとした顔を向けてくる人も居たけど、そりゃあまあスキーコースを徒歩で下りてたら目立つよね。私のおっぱいが原因じゃないと思うよ、絶対!
さらに歩いて進むと、下の方から何人かの男性がこっちに近付いて来る。もしかして誰かが救援を呼んでくれた? とりあえず手を振ってみる。向こうも手を振った。やれやれ。
パァンという乾いた音がした。えっ、確かこれは……銃声? 伽藍堂や清秋谷の人間が持ってたよね。私は身体の表面に薄い水の防御膜を常時展開している。いや、雪が邪魔だからやってたんだけど思わぬ収穫だわ。
「滝塚さん、倒れたふりをしますよ。一二、三!」
「えっ? わ、わかった」
私たちはそのまま雪に倒れ伏した。まあ普通ならここから反撃出来ない。私の身体も雪に埋もれてるからね。男たちは手に武器を持ったまま近寄ってきた。
「仕留めたのか?」
「一発しか撃ってないぞ?」
「いや。こっちみて見ろ。どうやらお坊ちゃんの方は気を失ったまま連れてこられたんじゃねえか?」
「そいつはちょうどいい。人手はいるが運べそうか?」
「大丈夫だろ。とっとと運ぶぞ」
どうやらお坊ちゃんという言葉からこの男性を狙ったものらしい。それもデッドオアアライブだ。だが、恐らく雇い主からは出来れば生け捕りでとか言われてるのかもしれない。
こいつらが関係者というのはわかった。あとはもう聞く必要はない。私の得意の水門、雪は水である。つまり、触媒となる水は大量にある。すなわち、少ない魔力で大魔法が撃てるんだ。ココロオドル! 鼓動する心踊り続ける!
「水門〈渦潮竜巻〉!」
私の力ある言葉に周りの雪が振動を始める。全てを巻き込み呑み込む水の渦。スキー場に顕現した渦巻きは男たちを巻き込みぐるぐると回る。男たちは何が起こってるのか分からずにオタオタしている。
「これは……君は一体」
「まあ死なれるよりはいいかなと思って。内緒にしててね?」
「あ、ああ、命の恩人の言うことだ。今のうちに早く下山しよう」
「あ、待って。こいつらも持って行くから」
男たちは渦に巻かれたまま山を降りていく。下に着いたところで渦は解除するつもりだからまあいいだろう。建物とかには被害を与えるつもりもないしね。麓に着いた時にはもう日も暮れていた。保乃さんが凪沙を呼んできてくれてたのは有難かったなあ。タケル? タケルは放置したんだって。まあ保乃さんだもんね。