第八十三話 檮杌(とうこつ)
どうやら戦闘突入のようです。なんでキューちゃんが。
渡されたお弁当はギルドの飲食施設で作られたもの。火の魔石の欠片が入ってて、魔法が使える人なら簡単に温められる。私はローミ君に私の分まで温めてもらった。申し訳ない。いや、いざとなったら私の発火で!
「温かくて美味しい」
ローミ君は弁当に舌鼓を打っていたが、私は何も言わずに食べる。とにかく早く見に行って、早く帰らねばならないんだ。シチューうまー。
ゴミが出たが火の魔石で焼くことが出来るので処分も簡単。まあ私は魔石が勿体無いかなって思うのでアイテムボックスにゴミは片付けます。
ローミ君も食べ終わったので再び転移。開拓村の方に向かっていく。
村に着くと不自然なくらいに静かだった。もしかして、もう討伐された? いや、誰も来ていないはず。という事は村が無事でいることの説明がつかない。いや、兵士たちの死体はゴロゴロ転がってる。可哀想だとは思うが、兵士は仕事だ。いわゆる殉職というやつだろう。
そういえば伽藍堂の連中にはそういう達観した様なのが居たなあ。清秋谷は割と足掻いてたけど。まあ彼らは戦場で散るよりも手掛かりを持ち帰る方を優先してるんだよね。
そんな事を考えてると闇の中で何かがぬるりと動いた。私は咄嗟の転移で間合いをとる。いや、間合いがどこなのかは分からないけどとにかく気配から遠ざかった。
「ほう? 今のを避けるか」
しゃがれた声がする。そういえば人語を解するとか言ってた気がする。という事はこいつがターゲットなのか?
「確かに当たったと思ったのだがな。それに魔法の形跡もなかった。どうやって避けた?」
「あー、あんたがモンスター?」
「そう言われればそうなのだろう。我が名は檮杌。ここに封じられし者よ。我が求むるは闘争! 汝は強き者か?」
ここで「応!」とでも答えれば強制戦闘イベントが始まってしまいそうな気がする。私は無理だ。別に肉弾戦専門ではないし。いや、突っ込んでいきそうなバカには何人か心当たりあるけど。
「様子を見に来ただけなので違うと思います」
「だが、先程、お主は不可視の一撃をかわしただろう? それで強くないと抜かすか」
不可視の一撃、とは厄介な話だ。私はただ、見えただけだ。これは透視の能力の延長。見えないものを見る力である。割と常時発動してるんだけど、何となく見えちゃうのだ。
飛行石持ってる某ヒロインが山育ちだから目がいいのって話してるのと似ていて、要するに遠くを見てるから視力が鍛えられる。みたいな話で、透視の取得練習するのに、見えないものを見ようとしていたのだ。望遠鏡はのぞき込まないけど。
ちなみに未来視ではない。私たちの中でもそれが出来たのは一号だけだ。それ故に一号なのだけど。一号は私が異世界に行くことを予知してたのかな?
などと考えていても仕方ない。目の前の奴に集中しよう。檮杌とは古代中華における四凶と呼ばれるモンスター。まあ今の中華には四凶どころじゃないバケモノみたいな奴が群雄割拠してるって話だけど。
根っからの戦闘狂で、むちゃくちゃ凶暴な上に尊大でしかも頑固な性格。他人の話には全く耳を貸さず、好き勝手に暴れまわり、決して退かず死ぬまで戦い続ける。うん、単なる戦闘狂だね! バーサーカーってやつだ。くそう、なんで三号はこっちに来てないんだよ。お似合いだろ! いや、会いたくは無いけど。
「暫くは楽しめそうだ。強き者よ。我が前に立ち塞がるならば容赦なく叩き潰す!」
檮杌はどこか嬉しそうに口の端をあげて笑った。やる気満々ですね。私が相手するんですか? ローミ君はとりあえず逃がさないとなあ。
「ん? あの、ローミ君はなんで見逃したんですか?」
「ローミクンというのはそこの小僧か?」
「はい、そうです」
「強さの欠片も感じなかったからだ。むしろ踏み潰す手間さえ煩わしい。それよりも泳がせておけば強き者を連れてくると思ったからよ」
そうして、笑みを強くする。
「果たして! そやつは連れて来おったお主という強き者をな! さあ、思う存分やり合おうではないか。そやつは殺さぬゆえ次の獲物を連れて来てくれんかの?」
「わ、私がそう簡単にやられるとでも?」
正直自信はないし、走って逃げたい。でもこいつは逃げたら強い人を探してさまよい、王都やエッジなど人の多い場所に行くかもしれない。いや、行くだろう。山の中では強者に出会えないのだ。
「頼もしいことだ。ならば! お主の身体に聞かせてもらうぞ!」
檮杌は再び吠えた。咆哮を聞いたローミ君がぶっ倒れる。逃がそうと思ったのに。
「おおっとしまった。ついつい気が昂ってしまったよ。早く蘇生させて次の強き者を連れてきてもらわんといかんというのに」
「わ、私も見逃してくれるなら強い者を探してくるわよ」
「そう言って逃げられては困るのでな。暫く遊んでもらうとしよう」
檮杌は二本の後ろ足で立ち上がった。
「直ぐに死んでくれるなよ?」
「あまり自信はないけどね」
「さて、それはどうか、なっ!」
風が吹く。獸臭を伴った生臭い風だ。檮杌の姿は忽然と消えて、私は急いで奴を探す。何かに引っかかりを感じて、転移で真上に飛ぶ。
めきゃっという音がして、私がいた場所の地面に大きな穴が空く。頭上から降って来るように飛びかかって来ていたらしい。私が真上に転移したのはある意味正解だった。転移だから途中でぶつかることもないし。
「へぇ、あれを避けるかね。こりゃあますますもって楽しめそうだ」
「私は楽しくない」
「そう言うなよ。付き合ってくれよ。退屈はさせねえぜ?」
「戦闘中に退屈なんて感じないわよ!」
右に左に攻撃が飛んでくる。私はそれらを何とか交わしていた。私には未来視なんかない。だから予測しながら避けるのだ。ちなみに予測が外れたらこっそり転移をしようと思ってるのは私だけのナイショだ。